ニュース

教員コラム

言語の脳内機序:その1−文法処理

図1

言葉を話したり理解する働きは人間に固有のものと考えられる。人間以外の霊長類が音声言語を獲得できるかどうかを調べた研究は、チンパンジーを訓練対象としたKellogg夫妻(1933)のGua、Hayes(1951)のViki、いずれも失敗に終わった。チンパンジーを対象に音声言語以外の記号を用いた試みには、Gardner夫妻(1969)がWashoeにアメリカ手話言語(ASL)を、Premack(1971)がSarahにプラスチック片を、Terraceたち(1979)がNim ChimpskyにASLを、Savage-Rumbaughら(1978)がLanaにコンピューター画像を提示して訓練したものなどがあるが、いずれも言語獲得は稚拙なレベルに留まった。さらにSavage-Rumbaugh(1986)は、より知的レベルが高いと想定されたミグミーチンパンジーのKanziに、語彙を表す様々な図形を配置したボードを用いて訓練を行ったが、Kanziの獲得した文法能力は3歳児のレベルにも達しないものであった。(以上、霊長類に関する言語訓練の総説はHarley TA(2014)を参照されたい。)

  これらの結果も踏まえて、アメリカの言語学者であるChomsky N(1988)は、人間が言語を用いることが可能なのは、その生物学的基盤として普遍文法(universal grammar)− 彼の別の用語では言語獲得装置(language acquisition device ; LAD) − が生得的に備わっているからと考えた。

 チンパンジーの言語訓練において困難なのは複雑な構文、特に関係節の理解とされる。例えば、The boy that the girl saw was tall. この文を提示して、the boyとthe girlのどちらの背が高いのかを問うと、チンパンジーでも正解率はほぼ50%とされる(Harley TA, 2014)。

 Fitch and Hauser(2004)はキヌザル(cotton-top tamarin)を被験者として、単純な構文と複雑な構文の習得具合を調べた。単純な構文はHe walks, and she runsなどで、ABやABAB、(AB)nなどと表示され、定型状態文法(finite state grammar; FSG)と呼ばれる。複雑な構文は関係節のような入れ子構造をもつ構文でAABBやAAABBB、AnBnなどと表示され、句構造文法(phrase structure grammar; PSG)と呼ばれる。キヌザルはABAB型の構文は容易に理解できたが、AABB型の構文は訓練の最後まで習得できなかった。

 Friedericiら(2006)は、正常成人を対象に機能的MRIを用いてFSGとPSGを処理中の脳内活動を記録した。その結果、FSGは前頭葉弁蓋部(frontal operculum: FOP)のみを、PSGはFOPにくわえてBroca野(Brodmannの44野)を、それぞれ活性化させた。(筆者注記:FOPはBrodmann脳地図(BA)に相当する番号を持たないが、論文内の図からはBroca野の下方で眼窩前頭野の後方部に相当すると考えられる。)

  さらに彼女らは、上記二つの文法課題で活動が高まる部位を神経線維束追跡(拡散テンソル)法を用いて確認した。その結果、FOPからは鈎状束(腹側路)を経由して上側頭回前方部および上側頭回後方部に、Broca野(BA 44)からは弓状束(背側路)を経由して上側頭回に、それぞれ連絡があることが示された(図1)。

 一方、Rillingら(2008)による系統発生学的研究では、アカゲザルやチンパンジーでは背側路の発達が貧弱であるが、ヒトでは背側路の発達が極めて良好であることが示された(図2)。また、Peraniら(2011)による個体発生学的研究では、新生児では背側路の発達が不十分であるが、成人ではBroca野からWernicke野をふくむ上側頭回へ投射する背側路が完成することが確認されている(図3)。

 これらの系統発生学的研究や個体発生学的研究も踏まえ、Friedericiら(2016)は、腹側路が意味処理に、背側路が構音と高次の文法処理( PSGを含む)に関与すると考えた。

  Friedericiらの主張は言語の脳内機序を考察するうえで興味深い仮説であるが、日常会話において関係節が用いられる頻度が低い日本語使用者においてもFSGとPSGの文法処理過程において脳内活動に相違があるか否かを検討する必要があろう。さらに、彼女らの仮説を文法処理一般に適用するためには、関係節だけではなく、助詞の利用、受動態と能動態、現在形と過去形など、他の異なる文法課題を処理中に脳機能画像を撮影して、背側路が活性化されることを示す必要がある。

 次回の教員コラムにおいては、意味処理に関わると推測される腹側路の脳機能画像について紹介したい。

 2017年3月 渡辺俊之

 

参考文献

Hartley TA(2014). The psychology of Language-4th ed. Psychology Press.

Chomsky N(1988). Language and Problems of Knowledge. The MIT Press.

Fitch WT and Hauser MD(2004). Science 302, 377-380.

Friederici AD, et al(2006). PNAS 103, 2458-2463.

Friederici AD (2016). Psychon Bull Rev, Published Online: 01 July 2016.

Rilling JK et al(2008). Nature Neuroscience 11, 426-428.

Perani D, et al(2011). PNAS 108, 16056-16061.

 

図2
図3