松茸の土瓶蒸し篇

玉井正治 2004/10/10


松茸の土瓶蒸し篇

  久しぶりに京都で時を過ごした。
 やはりいい町だなと再認識した。
 旅人にとって、落ち着くホテルに泊まり、好きな時に
 好きなものを喰ったり飲んだりして過ごすには、京都
 は特別によく出来た町なのではなかろうか。
 博多や仙台や札幌などの地方都市とは決定的に違う。
 1000年の都はダテじゃない。

  それでもふうてんが東京へ出てきてからの35年の間
 に河原町も木屋町も先斗町もずいぶん変わった。
 特に京都駅は昔の田舎駅のような雰囲気がなくなった。
 超モダンな空間に変貌してしまった。

  温故知新・・・これが京都の伝統だとも聴く。
 古いものと新しいものが同時並行的に存在する。
 
  旅人としては面白いと思う。
 しかし京都で生活しているピープルにとってはこの新旧の
 混在ぶりは居心地がいいのだろうか?良くないのだろうか?

めなみの土瓶蒸し

  この店の松茸の土瓶蒸しは松茸とハモとすだちが味を決める。
 カウンターの鉢に盛ってあった松茸はずいぶん大振りだった。
 ハモは例年以上にアブラが乗っているようだった。
 100日近くも続いた蒸し暑い夏の影響なのだろうか。
 ふうてんにとっては味が少し濃厚すぎた、かもしれない。

  ハモの焼霜(刺身をちょっと炙ったやつ)、酢がき、鮎の
 塩焼き、イカの酒盗、いずし(しめさば)などを注文する。
 季節的には中途半端な時期なのかもしれない。
 しかし、何を喰ってもこの店で出すものはうまい。
 勘定を払い終わった時、得したなあと、いつも思う。

原田先生のレクイエム

  彦さん、JOさん、ふうてんの三人で10年ほど前、京都を
 ウロウロしていたときに知り合った原田先生が今年亡くなった。
 59歳と聴くから早すぎる死であった。
 クモ膜下出血でアッという間だったときく。

  その原田先生が通っていた店の(麗人)にめなみでの夕食会
 に付き合ってもらった。
 ふうてんとしては、せめてものレクイエムの積もりだった。

  10年前には(麗人)も我々もまだ若かった。
 当時の話をするにつれ時の経過が身に沁み、もう5年も会わず
 じまいだった原田先生の印象がこのままずっと残るのだなと
 思った。

  彦さんがはからずも言ったけど還暦近くまで生きたんだ。
 案外うらやましい死に方かもしれないとふうてんも思う。

一力亭専用駐車場

  2台のホンダS800はシッカリと赤白並んでいつもの場所
 に鎮座していた。
 祇園の瓦屋根、二階建ての日本家屋にひっそりと止まっている。
 鈴鹿サーキットを駆け抜けた、本田宗一郎が作ったスポーツ・
 カーが祇園に棲息している。
 
  35年以上前の車が新車同然の状態でピカピカ光っている。
 (かわいくてカッコいいなあ)
 と彦さんがため息をついた。

ブルーノート

  彦さんをお送りしてJOさんと二人でどこぞで一杯飲み、
 フト思いついて先斗町にあるジャズ・ライブの店へ行った。
 サントリー・リザーブとコーヒーを頼むとコーヒーはないと
 言う。
  2曲目まで聴いて店を変えたくなった。
 ジャズはスイングしなくちゃジャズじゃない。

  ブルーノートはいつも探すのに苦労する。
 木屋町と河原町の間なのだけど今回も迷い迷いたどり着いた。
 カウンター席に陣取ってサントリー・オールドとホット・コー
 ヒーを注文する。

  ピアノ、ベース、ドラムスのトリオ演奏はもう始まっていた。
 こちらは確かにいい調子でスイングしている。
 オールドやコーヒーをお代わりしつつ、JOさんに、
 (口直しに来てよかったなあ)
 と言った。
 (ジャズ知らんけど、こっちゃは上手やな)
 とJOさんは答えた。

  ステージの合間にマスターに頼んでトリオに一杯飲んでもらい、
 トリオからメールアドレスのはいった名刺を貰う。

 (トランペッターK.T.はどないしてはります?)
 とマスターに聴いた。
 (今オランダです、11月に京都でコンサートやります)
 とマスターは答えた。

  このトリオのおかげで、温故知新の町、京都への旅の円環は閉じた。

                  10月10日 ふうてん


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