「失語症」って何か、知っていますか?

「カメラ」と聴こえても
「ラジオ」と理解してしまうことも

「失語症」とは何でしょう?ショックな出来事があって声が出なくなることでしょうか、顏の神経がマヒしてうまく話せなくなることでしょうか。答えはいずれもノーです。

失語症は、脳がダメージを受けることによって起こる言語障害です。一般的に脳の左半分には、言語中枢という言葉をコントロールする部分があります。事故で頭に大きなけがをしたり、脳卒中で脳の血管が詰まったり破れたりして、言語中枢やその周辺がダメージを受けると、言葉がうまく使えなくなります。これが失語症です。

脳の言語中枢はさらに細かく機能が分かれ、単語の理解を担当する部分、文法を担当する部分、音声の理解を担当する部分、言葉を正しい音声として発することを担当する部分、文字を担当する部分などがあります。失語症とは言っても、言葉がまったく使えなくなることは少なく、ダメージを受けた部分によって現れる症状が違うのです。

文法を担当する部分にダメージを受けた人は、単語しか話せなくなることが多くあります。「昨日、病院で薬をもらいました」と言いたくても、「昨日」「病院」「薬」という単語しか頭に浮かばず、動詞や助詞がうまく使えなくなるのです。音声を発することを担当する部分にダメージを受けた人は、「カメラ」という言葉を思い浮かべても、正しく話す脳のプログラムがうまく働かず「メカラ」、「ラジオ」などと言ったり書いたりしてしまいます。音声の理解を担当する部分にダメージを受けると、逆に「カメラ」が「メカラ」と聴こえてしまったり、「ラジオ」と理解したりします。

本当に不思議ですね。でもそれだけ脳は高度な働きをしているということでもあります。私たちは日々当たり前のように言葉を使っていますが、それは脳のそれぞれの部分がきちんと機能しているからできることなのです。脳がダメージを受けて失語症になると、言葉によるコミュニケーションがうまくできなくなり、生活に大きな支障が生じてしまいます。

(出典) Language acquisition and brain development. (2005年11月4日)
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/16272114

失語症の人を支える言語聴覚士

一人ひとりに合ったオーダーメイドの訓練

失語症の患者さんと向き合い、支えるのが言語聴覚士という医療専門職です。私は長年この仕事をしながら失語症の研究をしていました。

ある日突然失語症となった方を、言語聴覚士はどのように支えるのでしょう。まずは検査をして、脳のどの部分がダメージを受け、どんな言語機能が低下しているのかを見極めます。そして言語機能を回復させる訓練のプログラムを組みます。患者さんによって症状も違い、年齢や職業などの背景や性格もさまざまなので、それらを考慮した完全なオーダーメイドのプログラムです。大変ですが、ここがやりがいでもあります。

訓練の基本は言葉を理解し思い出してもらうことです。一緒に新聞を読んだり、テレビを見たりしながらリラックスして話をしたりします。特定の機能を狙って強化することもあります。名詞しか出てこない人に、水を飲んでいる人の絵を見せて「飲む」という動詞を言ってもらうような訓練です。「飲む」という言葉を忘れたのではなく、使い方が分からなくなっているので、動詞の使用を促すことによって、「お茶、飲む」から「お茶を飲む」「子どもがお茶を飲む」と、徐々に正しい文を話せるようにしていくのです。

精神面、社会面のサポートも

訓練しても、残念ですが言語機能が発症前のレベルに回復することはありません。そのため、患者さんが充実した生活に戻れるよう支援することも言語聴覚士の大きな仕事です。絵を描く、写真を撮るなど言葉を使わない表現活動で生きる喜びを見つけられるよう促したり、患者さんの会を作って言葉のハンディを気にせず情報交換ができるようにすることもあります。

専門的な知識に加えて人間性も問われる仕事だと思います。幅広い教養、洞察力、相手の立場に立って考える力も要求されます。それでも訓練によって患者さんの言語機能が少しでも回復した時、心理的なサポートができた時は本当に嬉しいですし「ありがとう、先生のおかげです」という言葉が聞けると至福の時を味わえます。患者さんに生きる自信を持ってもらうことが、この仕事の一番の目的だと思っています。

究め人のサイドストーリー

車椅子生活になって約30年間、京都アップスというクラブチームで車椅子バスケットボールを続けています。専用の車椅子を使い、激しいぶつかり合いもある競技です。今は昔のようにはシュートが飛ばなくなり、走るスピードも遅くなりましたが、健康維持のため週1回は練習で汗を流しています。現役を引退していますが、人が足りなければ試合に出ることもあるんですよ。昔は、障害者のできるスポーツが少なかったのですが、今は色々な種目があるので、東京パラリンピックも楽しみにしています。

専門知識と実習が学生を成長させる

失語症への理解が広まってほしい

私は「失語症学」という授業で失語症の概論を、「失語症演習」で実際の検査や訓練の方法などを教えています。専門用語をたくさん暗記しなければならないので最初は面白くないと感じるかもしれません。しかし、そのうち点だった知識が線になり、線が面になり、面から3次元の知識になって、言語機能や大脳の組織のことなど言葉に関する専門的な内容を自分のものにできると、学生たちはみるみる変わっていきます。

病院や施設で実際の患者さんと接する実習もあります。言語聴覚士は、言葉の障害以外に、聴覚障害や食べたり飲んだりすることの障害も扱う仕事です。患者さんと密に接触して戸惑うこともあると思いますが、何週間もの実習から帰ってきた時の晴れ晴れとした表情、自信に満ちた様子はとても印象的です。私は元々高校で英語の教師をしていました。病気のために退職、車いす生活となって、今後どうやって生きていこうと考えていた時、リハビリテーション施設で言語聴覚士の仕事を知り「これならできるかもしれない」と思い、資格を取得したのです。仕事をしながら失語症の研究を始め、論文を書いたり、学会で発表したりするようにもなりました。バイリンガルの人が失語症になった時、どの言語が残るかについて研究した論文で賞もいただきました。研究を通して、記憶や心を支えているのも言語だということを感じています。とても大きく、面白い研究対象です。

ライフワークとして、失語症の患者さんの社会復帰を支援する活動も続けています。言葉がうまく使えなくなると人は自信をなくし、プライドを傷つけられ、周囲の無理解がそれを助長します。失語症について、一般の方にもっと理解してもらい、共に考えてほしいと願っています。

高校生へのメッセージ

未来は君を待っている。何事にもチャレンジする君を!

大学では、専門分野にとどまらず幅広い教養を身につけることはもちろん、部活動をしたり、ボランティア活動をしたり、多くの社会活動経験を積む中で人間性を磨いていってほしいと思います。
さまざまな背景を持つ人と接する言語聴覚士の仕事には高い人間性が求められます。大学で幅広い教養を身につけ、さまざまな経験をすることが仕事にも活きるでしょう。現在、言語聴覚士の70%が女性。働きやすさの点でも注目されています。人に寄り添う素晴らしい仕事を一緒に目指しましょう。

瀧澤 透 教授

健康科学部 医療福祉学科 言語聴覚専攻

大学卒業後、英語科教諭として高等学校に勤務。言語聴覚士資格取得後、京都市内のリハビリテーション施設に勤務。2014年より現職。2015年九州保健福祉大学大学院保健福祉研究科(通信制)保健科学専攻博士(後期)課程修了、博士号(保健科学)取得。

この分野が学べる学部・学科

医療福祉学科 言語聴覚専攻

各専門職と連携しチーム医療に応えることのできる、ことばと聞こえ・食べることの障がいを支援するプロフェッショナルを育成します。臨床実習などを通して現場で活躍するプロから学びます。

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