Koka's Heart

吉田 歌子

歌子先生

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歌子先生

38年間。たくさんの子どもたちと出会い、向き合い、ぶつかり合いながらその成長を見守ってきたこの年月は、長いようで短かった。教師という、小学生のときから描いていた夢。大学時代の経験が、その夢を叶えてくれたのだ。

大学時代は勉強に明け暮れた。新しいことを知るのが楽しくて、分かることが増えるのがおもしろくて。授業だけでは飽き足らず、研究室に通いつめ、昼休みには自主的に勉強会を開いた。「さらに深くておもしろい講義が聞きたい!」と、生意気にも先生に直談判したこともあった。そんな私に、先生方はとことん応えてくださり、興味深いテーマやおもしろい文献を教えてくださった。私という一人の人間に、正面から向き合って親身に接してくださる素敵な先生に出会えたことが、「教師になりたい」という思いを強くした。

大学を卒業して念願の教師となり、名古屋市の中学校で国語を教え始めた。在学中に学んだ図書館学を生かして司書教諭としても勤め上げた。多感な時期の子どもたちと関わるのは難しかったけれど、一人の人間として向き合えたときには、教職に就いて良かったと心から思えた。そんな私の思いが伝わっていたのか、なぜかどの学校でも、生徒たちからは「歌子先生」と名前で呼ばれた。普段はやんちゃな生徒にも懲りずに声を掛け続けていると、「なんだまた歌子先生か」と言いつつ返事をしてくれるようになり、心の距離が近づくのが感じられた。学校にはさまざまな生徒がいて、一人ひとり感じ方も表現の仕方も違う。だからこそ、それぞれに向き合い対等に接することの大切さを実感した。思い返せば、大学時代の先生方も、私の「もっと学びを深めたい」という思いにいち早く気づき、精一杯応えてくださった。そんな恩師たちのように、どんなときも温かく見守り、常に声を掛けること。定年を迎えて教壇を降りるそのときまで、それだけは欠かさず意識をして一人ひとりと向き合ってきた。

退職後は、小中学生におすすめの本を紹介したり、調べ学習のサポートをしたりする活動に参加。今でも子どもたちと触れ合えることは、人生の大きな刺激になっている。これからは、自分で考えて行動する力が求められる時代。子どもたちには、自ら課題を見つけて解決のために動ける、そんな人になってほしいと思う。京都光華で育てていただいた「他を思う心」を胸に、がんばる子どもたちを見守り続けたい。

私の人生のキーワード

“大谷智子裏方との思い出”

光華女子学園を開学された、故大谷智子裏方。卒業式の日に友人たちとともに裏方を訪ね、「記念に一緒に写真を撮っていただけませんか」とお願いしたところ、快く引き受けてくださった。綺麗で凛とした素敵な方で、今でも憧れ続ける女性の一人だ。

大谷智子裏方との思い出

昭和47年3月7日 卒業式
故 大谷智子裏方(中央右)との集合写真

“座右の銘”

教職に就くと報告したとき、お世話になった塚原先生からいただいた言葉。人間は複数のことは極められないからこそ、信じた一つの道を貫きなさい、という教えで、教員として過ごした38年間常に頭にあった。おかげで教職一筋に取り組んでこられたのだと思う。

座右の銘

“おすすめの本リスト”

NPO法人「としょかん再発見」に所属。学校図書館と公共図書館との連携をサポートしながら、子どもたちの学習支援に取り組んでいる。子どもたちに、本のおもしろさを感じてもらい、図書館に広がるたくさんの世界を体験してもらいたい。

おすすめの本リスト

「としょかん再発見」で配布された
リーフレット

“かけがえのない絆”

京都光華女子大学同窓会「ふかみぐさ」の中京支部長として、今でも卒業生や在学生との交流を大切にしている。大学時代の友人や下宿先のご家族とは、卒業後も交流があり、学園で築いた絆の深さを感じさせる。今の学生たちにも、かけがえのない友人を見つけてほしいと思う。

かけがえのない絆

平成28年同窓会「ふかみぐさ」の
懇親会・総会

卒業生 吉田 歌子
卒業生吉田 歌子 Yoshida Utako

1972年、光華女子大学 文学部 日本文学科を卒業したのち、名古屋市で中学校教諭として教鞭を執る。国語科の教諭や学級担任を受け持つ傍ら、司書教諭・図書館主任も務める。2010年、38年間の勤務を終え定年退職。その後、NPO法人「としょかん再発見」に所属し、子どもたちの読書意欲の向上と情報活用能力の増進に寄与。子どもたちの学習支援や読書指導を行っている。2013年より京都光華女子大学 同窓会「ふかみぐさ」の中京支部長を務める。 ※ 大学・学科名は入学時のものです ※2016年度取材