相談者の家族構成や家族間の関係が一目でわかる「ジェノグラム」

福祉の専門家は、相談者だけでなく、家族全体を支援の対象と考える

ひとり親家庭で子どもの面倒が見られない、親の介護が大変、子育てに不安がある、障害があって働けない…生活の中でさまざまな悩みや不安を抱える人がいます。そんな人からの相談に応じ、解決のための支援を行うのが「ソーシャルワーカー」と呼ばれる福祉の専門職です。

私は長年、ソーシャルワーカーとして相談・支援の業務に携わってきました。この分野で特に近年重要とされているのは、相談者一人だけではなく、家族全体も視野に入れて悩み事の相談を聴くということです。誰かが生活の悩みや不安を抱えることになった背景には家族が関わっていることが多いため、家族全体で状況を変えることも必要な時があるからです。

相談の現場で用いられるのが、相談者の家族構成や家族間の関係性が一目でわかる「ジェノグラム」と呼ばれる図。相談の内容や課題を、家族の物語として「見える化」できるもので、うまく活用すれば、相談する側、される側が、お互いにさまざまなことに気づき、一緒に解決に向かうことのできるツールです。

私は、大学での研究や教育と並行して、今も、さまざまな場で相談・支援の仕事を行っています。相談の現場でジェノグラムを有効活用できる福祉の専門家を育てることも、私の仕事の一つです。

ジェノグラムから何がわかる?
「不思議センサー」は発動する?

ジェノグラムは、相談者の目の前で、見えるように書いていきます。「ご家族のことを教えてもらえますか?」「お子さんは何歳?」「義理のご両親は健在ですか?」など質問し、その答えを図示していくのです。相談者の話を聴きながら家族の関係や年齢を記憶したり、文章として書いたりするのは大変ですし、必要な情報をすぐに取り出すことができません。一見して全体を見渡せるように図示するのがジェノグラムの特徴です。男女の別、亡くなった人、離婚した人、関係の良し悪し、同居しているかどうかなどを図示する方法もあり、かなりの情報量を一枚の紙に集約することができます。

では、ジェノグラムをどのように活用するのか、例として、子どもの不登校に悩む母親から相談を受けたと仮定してご紹介しましょう。
登場人物は〇(女性)□(男性)で表され、中の数字は年齢。◎は相談者本人を表しています。これを見て、あなたはどう感じますか?

私は相談者夫婦と子どもの年齢に注目しました。父は49歳、母は48歳、子どもは8歳。つまり40歳で出産した子どもです。今は高齢出産も珍しくないとはいえ、よくあるケースではないかもしれません。結婚年齢が遅かったのでしょうか。なかなか子どもを授からなかったのかもしれません。図示によって一覧できるので、限られた情報の中から「おや?」と感じる部分が浮き彫りになってくるのです。これを「不思議センサー」と呼んでいます。相談の現場では、「不思議センサー」がきちんと発動するかどうかが非常に大切。そこから話の糸口をつかみ、さまざまな質問をしていきます。

「不思議センサー」を発動させるためには、世の中で「一般的」とされることを知っておく必要があります。2022年の日本の平均初産年齢は30.9歳。この母親の40歳という初産年齢は「よくあること」ではありませんね。世の中の大勢と異なる選択にはなんらかの事情があり、それが現状のストレスや負担につながる場合もあります。そのため、相談者の事情を知ることは、その人や家族を支援する第一歩となります。

話を聴くと、結婚したのは30歳と31歳という一般的な年齢でした。しかし、なかなか子どもを授からず、不妊治療をしていたのだそうです。ようやく妊娠・出産した子どもを、この母親はとても甘やかして育て、それが不登校につながったのではと悔やんでいました。では、この母親一人が息子への接し方を変えれば、状況は変わるのでしょうか。そうではないと私は思います。聴けば、夫や自分の両親からも、育て方について特に注意は受けていないそうです。どうしてでしょう。不登校の本人を連れてくるのは難しいということなので、次回の面談には父親にも同席してもらい、不妊治療中の妻への思い、現在の息子に対する接し方への考えを聴いてみたいと思いました。近くに住んでいるという母親の両親の話も聴きたいです。当時としては比較的高齢で一人娘の相談者(48歳の母)が生まれたことも、ジェノグラムから読み取れますね。

10年前、まだ子どもがいなかった頃のジェノグラム、また、10年後のジェノグラムを書くことによって、現在との比較ができるのもまた有用なところです。結婚当初、もしくはそれ以前の親との関係からも、この母親と家族の物語をひもといていくことになるでしょう。

ジェノグラムによって、相談者も自分の状況を客観視できる

ドラマも泣き笑いもある家族の物語を共有できる喜び

ジェノグラムを用いることによって、ソーシャルワーカーは、相談者やその家族に起こった出来事や、その時の気持ちをていねいに聴き取ることができます。一方、相談者も、ジェノグラムによって、家族の状況を客観的に考えられるようになります。姉との葛藤を理解してくれない母親は、そういえば一人っ子だったなあとか、絶対的な存在だと感じていた父も、祖父母の間に生まれ育った子どもだったんだなあとか、改めて気づくことも多く、それが気持ちの変化、解決の糸口につながることもあります。

問題の原因が誰かを突き止めて糾弾することは絶対にしません。それよりも、家族の中に変化を起こして、行きづまった状態をなんとか動かそうとします。例えば家族全員でドライブをする、外食するなど、家族にとっての新しいスタイルを「一度やってみませんか」と促すのです。絶対にうまくいく方法なんてありません。ダメならまた次のアイデアへ。試行錯誤に取り組む家族をサポートするのが相談・支援の仕事だと言えるでしょう。私が目指すのは、家族がそろって「あとは自分たちでやってみます」と「卒業」していくことです。私の指示で問題を解決させても、家族の自信にはなりません。

家族の物語をひもとくうちに垣間見えるドラマや泣き笑い。それを共有させてもらえるのが、この仕事の素晴らしさです。時には思わずもらい泣きすることもありますよ。どんな家族も、今は問題を抱えていても、一生懸命生きていることがひしひしと伝わってくるからです。

究め人のサイドストーリー

私には、小学校低学年から大学生まで4人の子どもがいます。最近、末っ子の女の子がファッションモデルに憧れているらしく、本に書いてある「モデルになるためのエクササイズ」を一緒にやろうと誘ってくるようになりました。「お父さん、次はこれ!」「わかった!」と、言われるがまま必死で身体を動かしています。とってもきついのですが、父親としては楽しい時間です。
フェンシング、野球、吹奏楽など、4人がそれぞれの世界でがんばる姿を応援することによって、私の世界も広がりました。育児期間が長いと、子どもを取り巻く世の中の変化もよく見えるようになります。それぞれの学年でパパ友ができ、地域とのつながりが深まるのも楽しいですね。そして、家族のことを学んだり、研究してきた経験が自分の家族を営む上でも、とても助かっています。

たくさんの事例から「家族の物語」を読み取る力をつける

卒業生は、ほぼ全員が福祉の業界で活躍

私が担当する「ソーシャルワークの理論と方法Ⅲ」は、社会福祉専攻3年生の科目です。ソーシャルワーカーが携わる相談業務の理論を学び、具体的な相談事例を検討します。半年で約15件に及ぶ事例から、さまざまな家族の物語を読み取る力をつけていくのです。

就職、結婚、子育てなど、学生の多くが経験したことのない出来事が含まれる事例もあるため、この科目では、社会全般について、また、家族のライフサイクルについても段階を追って学んでいきます。「不思議センサー」を発動するには、どのような家族の形が一般的なのかを知っておく必要があるからです。

この科目を履修する3年生は、高齢者福祉施設、障害者福祉施設、児童福祉施設などでソーシャルワークの実習も経験します。授業で学んできたことと、実習先での経験とが結びつき、学びが血肉となる時期なので、相談の内容を見ても、気づくこと、理解できることが格段に増えていきます。学ぶことの面白さに気づいて大きく成長する姿を見ると、教育者としてとても嬉しくありがたい気持ちになります。

本学の社会福祉専攻の卒業生は、ほぼ100%近くが福祉の現場で活躍しています。高齢者施設の相談員、児童養護施設や障害者施設の職員、公務員の福祉職など、社会には幅広い活躍の場があります。ゲストスピーカーとして授業をサポートしてくれる卒業生もたくさんいます。年齢の近い先輩からリアルな仕事の様子が聴けるのは、学生にとっても嬉しいことだと思います。

高校生へのメッセージ

未来はおもしろい

大学では、今までやったことのないことにチャレンジしてほしいと思います。勉強だけではありません。アルバイトでも、サークルでも、ボランティアでも、旅行でも。そして、チャレンジしようとしていることは、一人で抱えるのではなく、信頼できる人にどんどん話した方がいい。そうすれば「こんな情報もあるよ」と、あなたの世界をさらに広げるきっかけがもらえるかもしれません。そして、チャレンジするあなたの力強い応援団にもなってくれるでしょう。「あの時がんばれたんだから、今度も大丈夫」そんな風に背中を押してくれる味方は、一生ものの宝物です。今のあなたがやったことがないこと、知らないこと、想像もできないこと。そんな面白いことが、未来にはあふれていますよ。

千葉 晃央 講師

看護福祉リハビリテーション学部 福祉リハビリテーション学科 社会福祉専攻
※2024年4月開設

立命館大学大学院応用人間科学研究科臨床心理学領域(家族クラスター)修了。修士(人間科学)。障害者福祉領域の就労支援、相談業務の事業所等で24年間勤務。同時に、1999年から家族療法を学び、現在も家族相談にかかわる。他に国家資格社会福祉士養成、行政ケースワーカー養成、児童福祉機関等にも従事。2021年より現職。立命館大学人間科学研究所客員協力研究員、家族支援と対人援助「ちばっち」主宰。家族心理臨床家、社会福祉士。

この分野が学べる学部・学科

看護福祉リハビリテーション学部
福祉リハビリテーション学科 社会福祉専攻

支援が必要な子どもに対応できる保育士、医療ソーシャルワーカー、福祉職公務員、3つの進路に合わせ、あらゆる年代の人々の暮らしのしあわせを支えるソーシャルワーカーを育てます。

※2024年4月開設

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