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教員コラム

喪失を力に変えるには

 恐怖や不安がなければもっと楽にやれたのに、と思うことがあります。子どもの頃から恐怖や不安を強く感じる方だったので、やりたいことにも自分でブレーキをかけてしまい、後悔ばかりしてきたように思います。社会人になり、それなりに責任を背負う年になっても、恐怖や不安を感じやすい性質はあまり変わりません。長いこと身近に感じている情緒ですので、付き合っていく術はある程度身につけてはきましたが。

 こう書くと私はいつもビクビクしていたように思われそうですが、周囲が驚くほど大胆不敵な一面もありました。小学生の頃、学年で父親がいない子は私一人でしたが、不思議なことに、父の不在が力を与えてもくれたように思います。もちろん、親がいないことの寂しさや辛さは筆舌に尽くしがたいものです。けれども、そのことが自分を他の子どもとは違う特別な存在にしてくれているようにも感じていました。こうした感情は心理学ではほとんど研究されていないし、私自身も忘れていたのですが、マルコム・グラッドウェルの『逆転!』という本を読んでいるうちに、心がざわついていくのを感じました。

 グラッドウェルは、歴史上傑出した人物に15歳頃までに片方の親を亡くした人が異常に多いことから、謎を解く手掛かりとしてリモートミスという概念を導入します。リモートミスとは、たとえば空襲で被害に遭った(ニアミス)のでなく、直接の爆撃を免れる体験のことです。ニアミスはトラウマとなって心に深い傷を残しますが、リモートミスが繰り返されれば「どこか不死身感の漂う興奮」を味わうことになります。

 

「私たちはただ怖がるだけではなく、怖がることを怖がってもいる。それだけに恐怖を克服すると気持ちが高揚する……事前の危惧といまの安堵感の落差が自信につながり、それが勇気の源になったのだ。(中略)子どもにとって、親を失うのは最悪の恐怖だ。だが、もしもそれが現実で起こったにもかかわらず、ふつうに立っている自分に気づいたとしたら?」

 

 もちろん、親のいない方が望ましいなどと言うつもりは毛頭ありません。親がいる方が圧倒的に有利であることは間違いないのです。それでも親のいない子に勝つチャンスがあるとしたら……不運を力に変えていく道は開かれているのです。そして、この世界は彼らの力をときに必要とすることがある……そんな風に考えることがあります。

 

長田陽一(2018年10月6日)