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教員コラム(長田先生)☆彡

ピーク・エンドの法則

 楽しかったことや悲しかったことなど、人は誰でもたくさんの思い出を持っています。そうした記憶の一つひとつが、私をかけがえのない存在として構築しているのでしょう。とはいえ、思い出のなかの出来事は楽しいことや悲しいことを単純に足し合わせたものではありません。人の記憶の仕組みは複雑でとても興味深い特徴を備えているのです。

 ノーベル賞を受賞したダニエル・カーネマンは、ピーク・エンドの法則を提唱しました。これは、人は自分自身の過去の経験を、そのピーク(絶頂)時にどうだったか(辛かったか楽しかったか)ならびにそれがどう終わったかだけで判定する、という法則です。

 右の図は、大腸内視鏡検査を受けている2人の患者に、検査の最中に感じた痛みを10段階で評価したもらったものです(数値が高いほど痛いことを表しています)。

 検査時間は、患者Aは8分間、患者Bは24分間でした。この図では、患者Aと患者Bの苦痛のピークは同じ8の目盛りですが、検査にかかった時間は患者Bの方が3倍長いので、足し算した苦痛の総量は言うまでもなく患者Bの方が大きいことがわかります。

 検査がすべて終了した後に、検査中に感じた苦痛を全体として振り返って評価してもらったところ、意外なことに患者Aの方がより苦痛だったと記憶していることが明らかとなりました。カーネマンらは1990年代に行ったこの実験から、記憶している苦痛は、ピーク時と終了時の苦痛の平均で評価されること、その際に持続時間や「苦痛の総量」はほとんど影響を与えないことを見いだしました。

 

 ピーク・エンドの法則

・記憶に基づく評価は、ピーク時と終了時の苦痛(や快楽)の平均でほとんど決まる。

・持続時間は、苦痛(や快楽)の評価にはほとんど影響をおよぼさない。

 ではもっと長いスパンで、たとえば幸福や不幸について人はどう評価するのでしょう。次の問題を考えてみましょう。

 架空の女性ですが、彼女は独身で子どももなく、自動車事故で少しも苦しまずに死んだとします。二つのシナリオがあり、死亡年齢はAが40歳、Bが45歳です。

 

A 彼女は仕事や旅行を楽しみ、友人も多く、非常にしあわせな40年の一生を送った

B 同じくしあわせな40年の後、以前ほどしあわせでない5年間の生活を送った

 

 この女性の人生を全体としてみたとき、AとBでは、しあわせの総量はどちらが多いと思いますか?

 これは心理学者エド・ディナーが2001年に行った実験を筆者が簡略化のため改編したものです。ディナーの実験では、実験に協力した学生たちは、Aの方がBよりも「しあわせの総量」が大きいと感じる結果になりました。これは直感的に了解できるかもしれません。しかし、「以前ほどしあわせでない5年間」が加わっただけで、「しあわせの総量」が大きく目減りして感じられるのはとても不思議です。

 カーネマンはディナーの実験について、同じようにピーク・エンドの法則が働いた例として説明しています。先に挙げた架空の女性の人生についても、人は直感的に終了時を抜き出してそれで判断してしまう。その一方で、5年間という時間の持続は、人生の評価では無視されてしまいがちです。

 優れた研究は、直感的に正しいと思えることが正しいとは限らないこと、人は同じような判断の誤りに陥りやすいことを教えてくれます。さらにこうした研究の成果を活用して、避けられない苦痛でも記憶の中に強く残らない工夫や、体験したできごとの満足度をあげるためのヒントを得ることもできると思います。

<参考文献>

カーネマン, D. 村井章子(訳) (2014). ファスト&スロー(下) 早川書房

 

図:患者による自己評価