京都光華女子大学 看護福祉リハビリテーション学部※ 福祉リハビリテーション学科 言語聴覚専攻 ニュース 国語の授業を楽しむ ~吃音者セルフヘルプグループでのアドボガシーの視点から~

ニュース

教員コラム

国語の授業を楽しむ ~吃音者セルフヘルプグループでのアドボガシーの視点から~

 吃音は、話し言葉の言い始めが、①繰り返したり「ボ、ボ、ボ、ボクが・・・」、②長く伸ばしたり「ボ~クが・・・」③詰まったり「・・・(言いたいのにしばらく出ない)ボ!クが・・・」という症状であらわれる言語障害の一つです。就学前の子どもの20人に一人ぐらいの割合で生じます。その後、大半は自然に吃音がでなくなるのですが、就学以降は100人に一人ほどの割合で吃音が大人になっても継続します。

 

「すたっと京都」(英語で吃音のことをstutteringということから)は、2006年から活動している、成人の吃音者のセルフヘルプグループです。年齢層は20代から70代と比較的幅広く、会員数は30人台。この会の特徴は、吃音のある人は男性が多い中で会員の半数が女性であることです。

会では毎月一度、テーマを決めて例会を開催しています。花見・ハイキング・パソコン教室など季節行事やレクレーションと、朗読会や流暢性促進、身体表現など音声表現を伴う活動などがあります。月例会の参加者は10人~20人程度、近隣の他府県のセルフヘルプグループと合同の例会をもつこともあります。

この月例会の活動の中で、年に一度「国語の授業」をテーマにした会に関わって、もう10年以上が経ちました。今年も11月下旬に、コロナ感染を予防しながら対面とリモートを併用して行ったところです。

 

吃音当事者が集まるこの会が始まったころ、会員同士が、自分の吃音についての話を重ねる中で、多くの人が小中学校時代の国語の教科授業について否定的な思い出を語りました。

2017年 8回目の授業前のアンケートより)

不安やしんどさを感じた時間は、以下のような時でした。

・「音読」の順番が当たる。

・クラス全員の前で発表する。

・グループでの話し合い活動。

また、そのことを今、次のように振り返っています。

・当時、私は吃音がでることに意識が集中して、国語の授業を味わったり楽しんだりすることができなかった。

・私は1人で家の中で読書をすることは好きだった。国語の教材は好きなのに、授業は好きになれないという矛盾があった。

・現在、私達はお互いに、そのことを振り返り、話すことができる。このように言葉に出してみる中で、中学校時代の国語の授業は、本来はどのような味わいや楽しみがあったのか、もう一度追体験をしたい。

 

私は、本学勤務前、公立中学校の難聴学級の担任であり、国語科の教員でした。聴覚障害のある中学生と地域の聞こえる中学生を対象とする国語の授業では、共通して次の点に留意をして授業をしてきました。

・はっきりと口形を示す、多少ゆっくりした音声

・「話す・聞く・読む・書く・考える」の活動時間を区別して、今取り組むことを明確にする

・生徒の発言を遮らず、話し終えるまで待つ

・手話や文字・映像など、音声に合わせた視覚的情報を併用する

 

あるきっかけで私に国語の授業をしてくれないかと依頼があり、以降、毎年楽しみながら、中学校国語科の教科書や教材を選んで授業をしています。だいたい2時間分の長さです。

 

私は、会員の方の「もう一度国語の授業を受けてみたい」という要求がとても素敵だと思いました。大人になって、仲間と出会い、その対話の中で自分達を振り返る語りがあります。その中でのセルフアドボカシーとしての視点があったからです。セルフアドボカシーとはカタい言葉でいえば「自己権利擁護」。本来、自分達が受けて味わい楽しめるものであった国語の授業への要求です。

この「国語の授業例会」を始めた数年は、吃音があることで「奪われたもの」を取り戻したいという意識が先行したのでしょう、会のタイトルを「リベンジ(復讐)授業」としていました。ところが、5回を超えたごろからか、会員の方の視点が変化してきました。奪われたものについては、授業体験を重ねることで、それを既に取り戻したという意識が広がったように思うので、今は「国語の授業が楽しいので、続けたい」という、広義の言語活動に対する積極的な意識へと変化してきたのです。例会のタイトルも2016年ごろからは「国語の授業を楽しもう例会」に変更されました。

 

また、授業を担当した私が留意したことは二つあります。聴覚と視覚を併用して幅広いコミュニケーションを意識した授業展開と、参加者が共通の教材を元にしながら、それを読みこなした上で意見発表やディベート、作品を作るなどの表現を組み込んだことです。参加者の世代感覚や実社会に裏付けされた、積極的な発表や意見交換は、とても楽しい充実した時間になります。順番に指名する音読についても、授業のあとで「お、次は自分の番だ、と思うと緊張もするけど、その緊張も楽しいものだ」という声を聞くことができます。また、カラーページが多い現在の国語教科書を手に取って、ご自分の記憶と比較したり、若い会員の方は「これは習った」と思い出すこともありました。

10年以上も担当していると、来年は何を選ぼうかと悩みます。それでも中学校の国語教科書を開きながらいつも思います。さすが「教科書」だ、コンパクトに幅広く、また時代の変遷とともにトピックスを盛り込みながらうまく編集されている、と。授業者、参加者ともに、主体的に選び取ることも、この授業を楽しんで今の自分の言葉を豊かにしていく一助となるのだと思っています。

今後も、授業素材を厳選しながら、この取組を継続していきたいと思います。

 

        教材例 

・古文「竹取物語」に手話単語をつけて朗読する

・三大和歌集を57577の音を残したリズム口語訳にする

・漢詩 の鑑賞 「春暁」「絶句」

・文法 品詞分解

・文学 「走れ メロス」太宰治 群読

・ 「大人になれなかった弟たちに・・・」米倉斉加年

詩  「初恋」島崎藤村

随筆 「字のない葉書」向田邦子

   「アラスカとの出会い」星野道夫

論説文 「つくられた物語を超えて」山極寿一

    「流氷と私たちの暮らし」

    「モアイは語る~地球の未来~」

 

      授業後の自由記述 

・自分の知らない文学作品に出会える                                                                                

・学生時代より気持ちが落ち着いて座っていられる                 

・一つの事柄でも,皆さんの考え方が異なっていてそれを聞くのが勉強になる   

・明るく話されるところ    先生の音読する声が好き                                             

・教材資料が視覚的に示されるところ                        

・言語について親しむことができる                                         

・教材が有意義で色々と役に立つ                               

・学生時代の授業は忘れたが,この例会の古文・漢文の授業は楽しめた             

・順番に当てられるが,吃っても良いと思うと楽になった      


言語聴覚専攻教員 高井小織