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「失語症をわかってほしい!」

残暑厳しい9月のある日、私はAさん(女性、50歳代、失語症者)と、大阪十三にある地域活動支援センター「すももクラブ」を訪問しました。

 Aさんが、「私ね、失語のこと、もっと分かってほしい。そんな活動がしたい」とおっしゃったので、では訪ねましょうということになったのです。

 「すももクラブ」とは、2005年に、失語症の方の任意の交流の場として作られました。利用される失語症当事者さんは、そこで、会話を楽しみ、手芸や写真などの作品作りに取り組み、大阪市内の色々な作品展に参加して、失語症の理解を深めようとされています。また、区役所に、失語症者に必要な防災対策を提言するなど、積極的な社会参加を展開されています(「すももクラブ」ホームページより)。

 Aさんの思いを、利用者さんに聞いてもらいました。当事者も支援者も、失語症を知っているからこそ分かってもらえたことに、Aさんは感動して涙ぐんでいました。

 毎日一緒に暮らしている家族にさえ、失語症者の苦しさは分かってもらえないこともあります。症状の重い・軽いには関係のない苦しみ・悔しさがあるのです。聞いている利用者さんも、「そうだそうだ」というようにうなずきながら、一生懸命Aさんの話を聞いてくださいました。

 コミュニケーションがしっかり成立したのです。たどたどしい話し方、言葉をうまく選べない苛立ち、相手の言葉が十分には理解できないもどかしさ、すべてを超えて伝えられ、受け取られていました。

 Aさんの「失語症のことをみんなに伝えていきたい」気持ちを、スタッフの言語聴覚士さんが「失語症の伝道師」と代弁されました。Aさんは、その言葉が気に入って、「これから使っていきたい」とおっしゃっていました。

 Aさんは、失語症になってからもパートで仕事をされています。その現場で、言われたことがすぐに分からなくて、「もう1回言って」ということがあるそうです。すると、周りの人が「あっ、そうだった。Aさんは失語症だった。分かりやすく伝えないと」と思ってくれるそうです。

Aさんはすでに「失語症の伝道師」をされているのです。Aさんが、社会に出て働くことで、周りの人に失語症者との会話における注意点を伝えています。「すももクラブ」で、「福祉の人もなかなか失語を分かってくれない」という話が出て、当事者さんに諦めや怒りの気持ちが湧き出ていました。でも、部屋に座って分かってくれないと怒っているだけでは、分かってくれる人は増えません。Aさんのように、当事者さんも勇気を振り絞り、社会に出て行ってこそ、分かってもらえる機会も増えると思うのです。

Aさん、これからも「失語症の伝道師」として、たくさんの人に失語症のことを伝えてください。当事者の皆さん、どんどん社会へ出て行って「失語症の伝道師」になってください。後ろから見守っています。

                                 (言語聴覚専攻教員 松田芳恵)