【前編からの続きです】
話はかわるが、先日、授業で「千と千尋の神隠し」(宮崎駿)を学生と観た。非現実の世界に紛れ込んでしまった千尋は孤独、苦難の経験の中で愛の出会いを経験し、現実の世界に戻ることが出来た。孤独と苦難の経験(不快)があるからハクとの出会い(快)がもたらされ、自己との出会い(忘れていた自己の命)が生じたのだった。千尋の成長は「やさしい言葉がけ」によって始まる。
ちひろ「お父さんとお母さんは!?どこ!?豚なんかになってないよね」
少年(やさしいがキッパリという)「いまは無理だが必ず会えるよ」
人生はやり直しが効くという信念は大切だ。ハクのなぐさめは単に優しさばかりでなく、展望を与えてくれる。
胎児の段階から、母親のコンディションの悪さに反応することが観察されているわけだから、産後の乳児と母親のコミュニケーションが子どもに与える影響は大きい。尾木氏は乳幼児が被る悪影響を述べた後、こう言った。
「でも、とりかえしはつくのよねえ」
この後、もっと説明してほしかった。しかし、尾木ママのこの言葉は、ハクの千尋に言った励ましに似ている。「いまは無理だが必ず会えるよ」
この「優しい言葉がけ」は授乳しながらの母親の赤ん坊に対する優しい言葉がけの再現となる。
ガラスを叩き割った男子生徒は、荒れた気持ちが落ち着き始めると「しまった」と思っただろう。そこに通りかかった尾木先生が「どうしたの?」と声をかけ、「たいへんね」「ごくろうさま」が続く励ましは、人生の取り返しを可能とする力をもっている。
「千と千尋の神隠し」では、橋を渡りきるまで息をするなと言われていたのに、息を吸ってしまって、異界に人間が入り込んだとわかって大騒ぎとなる。
ちひろ「ごめん。わたし、息しちゃった」
ハク「いいんだ。チヒロはよくがんばった」
救われたちひろは、後にハクを命がけで救おうとする。ハクばかりか、カオ無し(愛着障害・孤独)、おくされさま(汚染された水神)、坊(過干渉による引きこもり)を助けて行くこととなる。
「とりかえしはつくのよねえ」と尾木ママは言った。その意味を考えながら、人生の取り返し作業に邁進しようではないか。
藪添 隆一(2016年11月2日)