京都光華女子大学 健康科学部 心理学科 ニュース 全部わかってもらえる経験について③

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全部わかってもらえる経験について③

②からの続き

 

「となりのトトロ」は母と娘たちの絆(きずな)の物語である。メイとサツキのお母さんは病気で入院している。たぶん病は肺結核だろう。結核は治療薬の無い死病だった。ペニシリンが発見されるまでは、空気の良い所で静養することしか治療方法が無かったのだった。サツキとメイが父と共に田舎に引っ越して来たのも、母の静養に適した自然に恵まれた土地への転院に伴う移住だったのだ。

母は快方に向かっていたのだが、風邪をひいてしまい、外泊の予定を延期することになった。その通知が電報によるものだったので、サツキの不安が募る。「風邪だというんだから次の土曜日には帰って来るよ」との隣の婆ちゃんの慰めに対して「前もそうだったの・・・ほんの一寸入院するだけだって・・・風邪みたいなものだって・・・お母さん、死んじゃったらどうしよう」と泣き出すのだった。気丈に母の代理を務め、妹を守ってきたサツキが、本来の子どもに戻って泣きじゃくるのを目の当たりにしてメイの守りはくずれる。サツキは姉であり母代理の存在だった。姉が子どもにかえってしまえばメイは母なるものを見失う。母なるものとの絆が断ち切れると、糸が切れた凧(たこ)のように子どもは吹き飛ばされて行く。子どもの行方不明のニュースがあるたびに糸の切れた凧がふらふら空をさまようのがイメージされるのはカウンセラーの業(ごう)かもしれない。

メイはトウモロコシを抱えて病院に向かったつもりが迷子になってしまう。トウモロコシは、隣の婆ちゃんの畑で採った。お母さんを元気にする大事なトウモロコシである。

トウモロコシは母とメイをつなぐお守りだった。メイは危うい迷走はしていたが、トウモロコシを抱いていた。母を元気にしたい一念はメイを守ってくれていた。

死のイメージは人を呼び寄せようとする。死の引力を人は感じて、むしろ死にたくなることもある。これをフロイトは「タナトス」と名付けた。

タナトスから人を守るのは「生きたい」との願い、祈り、である。フロイトは「生きたい」本能を「エロース」と名付けた。エロースは本能なので、タナトスにやられてしまう事態も起きるのである。私たち人間は、喪失、失望、不安にやられやすく、エロースは消えてタナトスが台頭することも多いのである。

そこでエロースの本能を守り、人を守ってくれるものが必要となる。それが、願い、祈り、母なるものとの絆、である。トトロ、猫バスの「全部をわかってくれる」力が生きる力をくれるのである。 

 

藪添隆一(2018年6月12日)