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教員ブログ

AI、人間に出し抜かれる

ライフデザイン学科教員の相場です。

私の趣味の一つが囲碁です。完全に下手の横好きレベルです(私の名誉のために棋力を公表するのは差し控えます(笑))。弱いくせにうんちくを語るちょっと嫌な人間でもあります(笑)。

というわけで、私の担当授業の中でもちょくちょく囲碁の話題を取り上げています。例えば、2016年、当時世界No.1だった韓国の棋士イ・セドルがアルファ碁に負けるまでは、「コンピュータ概論」という授業で「囲碁のプロ棋士が囲碁AIに負けるなんて我々が生きている間には起こらない」と言っていたくらいです。
この場を借りて、2016年以前の受講者に、間違った予想をしたことを謝りたいと思います。「どうもすみません」

この衝撃的な対局以降、囲碁AIはさらに強くなり人間は全く勝てなくなっています。すでに囲碁棋士は囲碁AIを用いて研究するという段階に入っており、むしろそのおかげで囲碁界全体が強くなったと言われています。

そんな中、今年になって、囲碁AIが人間に負けるというニュースが飛び込んできました。囲碁界にとんでもない超天才が現れたのでしょうか?囲碁に対する全く新しい考え方が登場したのでしょうか?これによって囲碁の歴史が変わるのでしょうか?

2023年9月25日の朝日新聞夕刊によると、どうもそうではなさそうです。この記事をよくよく読むと囲碁界に影響を与える事件ではないことがわかります。しかし何の影響もないかというとそうではなく、むしろこれからの「AI社会」一般へ与える影響は大きいのではないかと思います。

記事には芝野龍之介二段と囲碁AI「絶芸指導F」の対局の棋譜(の一部)が載っています。この棋譜によると、まず人間側はこじんまり効率悪く生きようとします。すると、AIはそれらの石を囲んでその外側に勢力を及ぼそうとします。そこで、人間側は、さらにそのAIの石を囲むように打つのです。ここで意外なことが起こります。AIは広く丸くつながった自分の石は生きていると誤判断し、どんなに囲まれても生きようとしないのです。結局人間側が囲んでAIの大石を殺すという結果です。

芝野二段の方法を動画上で実演している大橋拓文七段はこれを「ドーナツ戦法」と名付けています。次の動画で見られます。そこで、ここでもこれをドーナツ戦法と呼びましょう。

ドーナツ戦法を使った対局の動画: https://www.youtube.com/watch?v=dSLs9ZDNL1A

ドーナツ戦法を身につけると人間相手にも勝てるかというと、人間には全く通用しません。ドーナツ戦法を身につけても棋力向上にはつながらないのです。とんでもない超天才が現れたのではないし、新しい考え方が登場したわけでもないし、囲碁の歴史が変わるわけでもないのです。

ただし、「AI社会」への影響は大きいと思われます。

それについて考えるために、AIがどうやって「学習」するかを見てみましょう。囲碁AIに限らずAI一般はビッグデータを用いて、与えられた目的を達成すべく学習を行います(もちろんAIが自発的に学んでいるわけではなく人間に強制的に学ばされているわけですが)。

使われるビッグデータは大量のデータではあるものの、すべてのデータを尽くしてはおらず、そこには漏れがあります。もちろん、AIは、この漏れの部分にも通用するような普遍性を獲得すべく「がんばる」わけです。ところが、必ずしもこの普遍性が獲得できない可能性はあります。今回のニュースは、囲碁AIが学習した「石の死活」は完全に普遍的ではなく、広く丸くつながった石の死活は理解していないことを表しており、AIの学習で普遍性を獲得できない場合があることを事実として示したわけです。

そこで、漏れの部分に起因するAIの普遍性未獲得の弱点を突く戦略を見出すことができれば、人間がAIを出し抜くことができるわけです。囲碁AIに対する人間のドーナツ戦法は、まさにこの戦略が実際に可能であることを示しました。

ここにAIを活用する社会にとっての重要な意味があります。つまり、あるAIに対し、悪意のある人間が、AIの学習が及んでいない行動をもとにAIに誤判断を起こさせる危険性が実際に存在しているこということです。さまざまな分野における第2、第3のドーナツ戦法の出現です。