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2024.06.05鬼舞辻無惨の元ネタに関わるお話? ~アニメから紐解く日本史学
ライフデザイン学科教員の久世です。本学で「サブカルチャー論」という科目を担当しています。
この科目では、今年度は「妖怪」や「鬼」「怪異」などを日本人がどう捉えてきたのか、をテーマとしています。私の専門は日本近世史ですので歴史学はもちろん、文学や民俗学の研究成果を参照しつつ、「妖怪」や「鬼」「怪異」を分析し、そこから何を得るのかについて、学生達にも考えてもらっています。
その中で、吾峠呼世晴先生の漫画『鬼滅の刃』についても取り上げました。ちょうど5月にアニメの柱稽古編の配信・放映も始まった、言わずと知れた人気作品です。作中では鬼と人間との戦いが描かれるのですが、鬼の首魁の鬼舞辻無惨というキャラクターがいます。(以下、少しアニメのネタバレを含みますのでご注意下さい)
彼が鬼になった経緯を描く場面で、平安時代、貴族姿の鬼舞辻無惨が、夜に貴族の女性らしき人物を食らおうとする場面が描かれます。この場面を見ると、思い浮かぶエピソードがあります。その話は公的な歴史書『日本三代実録』仁和3年(887年)8月17日条に見られる話です。『今昔物語集』『古今著聞集』等にも収録された話ですが、そのあらすじは以下の通りです。
ある人が言うには、その夜、内裏にある縁の松原(宴の松原)を3人の美しい女達が歩いていると、松の木の下に「容色端麗」な男が1人いました。すると3人のうちの1人が男の元へ行き、男と手を取りあって2人で話し始めました。残された2人の女はしばらく待っていることにしましたが、いつの間にか、何の物音も聞こえなくなっています。2人の女が怪しんで様子を見に行くと、地面に先ほど男といたはずの女の手足だけが落ちており、その身体や首は見当たりませんでした。右兵衛の者が報告を受け現場に向かうと、既にその屍はなくなっていました。人々はこれを、鬼が人に化けて殺したのだと噂したといいます。(中略)この月は、京の中でこの様な怪しい事件の噂が他に36件もありました。
この事件が実際に書かれている日本三大実録の一部(国立国会図書館デジタルコレクション「国史大系」より)
平安時代、鬼が容姿端麗な貴族の男に化け、夜に貴族の女性を食べる…どうでしょうか、鬼舞辻無惨のイメージに符号しませんか?事件の真相はわかりません。吾峠呼世晴先生がこのエピソードをご存知だったか否かも、まして元ネタとされたかもわかりません。しかしこの記録に残された不穏な時代の雰囲気が、鬼舞辻無惨というキャラクターに一種のリアリティを与えていると感じるのです。なお、こうした事件が公的な歴史書に記録されるのは、当時は世の中の不可思議な事件(怪異)は為政者への天からのメッセージであるという考え(天人相関説)もあって記述されたものだと考えられます。
『鬼滅の刃』の作中には、吾峠呼世晴先生が日本の鬼について詳細に調べられたのでは、と思われる箇所がいくつもあります。「サブカルチャー論」では、『鬼滅の刃』だけではなく他の「妖怪」や鬼を扱う作品も取り上げています。学生達にそうした話題を提供すると、アニメや漫画等をきっかけとして、昔の政治や生活や文学、それを扱う学問への興味が自然と広がっていく様子が見られて、毎回頼もしく感じています。
また本学は京都市内に所在しているので、この宴の松原跡(京都市上京区)を訪れることも容易です。京都にはこの他にも不思議な話が伝わる場所も多く、授業ではそうした場所の見学も実施しています。今年は地獄につながる井戸を見せていただき、異界との繋がりを感じてもらう予定です。
色々な作品を見る際に、作者がどんなことを調べたのかな、こんな設定の元ネタはどこなのかな、など深く考えて調べてみると、思いがけず学問の扉が開けるかもしれません。
京都市上京区の出水通りと六軒町通りの角ある「宴松原跡」史跡
史跡の解説にも887年の鬼の話が語られています