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専門分野コラム

紅花(ベニバナ)の話 ~その1

こんにちは。ファッション分野担当教員の青木正明です。

染めに使う草木はどれもそれぞれ個性派ぞろい。だからこそ私たちは古来様々な染め色を楽しむことが出来たのでしょうけど、そんな中でも更に突出したキャラクターを持つ植物がいくつかあります。“変わり者染料大賞”(そんな賞があればですが)の最右翼ともいうべき紅花について、今回から3回に分けてお話をしていこうと思います。

くすんだ色は残念な色だった
植物の根や幹から、そして時には虫からも色を頂く染め。1856年に英国の若き化学者 ウィリアム・パーキン が人工染料を偶然に合成してしまうまでは、世界中の染色は全てこの天然染料たちによってもたらされていました。そしてそれら草木かいただく色は179号の「草木染め論その2」でもお話した通り、たいていくすんだ色になります。
植物を煮出して彼らのスープを作り、布地や糸を浸けていく染め作業。その最初のスープを作る工程で、植物の体からはおそらくたくさんの種類の色素が出てきます。ですが残念ながらその中から一つだけの色を選んで取り出すことはできません。い。彼らが持っている色素も一つ一つ見れば本当は真っ赤だったり、綺麗な黄色だったり、鮮やかな紫だったりするかもしれませんが、ヴィヴィッドな色に仕上がらないのは、原色の絵具をいくつも混ぜていくとくすんだ色になるように、彼ら植物の色が混ざることで複雑で彩度の落ちた色調になるからですね。
「草木染めはやわらかい色」、「草木の色は優しい色目」と評されるのはこの為で、草木で染めると色がくすむのは或る意味当たり前なわけです。そのため、世界中が天然染料でしか染色できなかった時代は、鮮やかな赤や輝くような黄色の布地に皆があこがれていた時代でもありました。すなわち、日本のみならず世界中で身に着ける色が位(くらい)によって取決められていた時代には、ヴィヴィッドな色が高貴な色となり、染色師は出来るだけ鮮やかな色に染まるような技術と植物を研究開発していたのです。


紅花の花弁を使用して染色します。染まる色と違い花弁は黄色が多いです。


紅花だけの真紅
そんな時代に重宝されたのが、紅花です。エジプト原産でシルクロードを渡り3~4世紀頃に日本にもたらされたこの外来植物の染法は一般的な草木染めとは全く異なります。紅花の花弁を普通に煮出しても色は出ますが、それでは優しい黄色にしか染まりません(そしてこの黄色は綿や麻には染まりません)。
50℃程度で簡単に壊れてしまう紅花のこの繊細な赤を染め扱うには特別な注意と作業が必要です。藁の灰などを使って最適なアルカリ度合いにした灰汁に浸けて色を抽出し、その後に酢や柑橘系の酸で中和しながら染め、そして最後に酢水に浸けて色を定着させます。千年以上昔から続く技術でありながら、実は酸とアルカリの知識を駆使したこの染め方は、筆者の知る限り他の草木にはほとんど応用不可能な紅花のためだけの手法です。
そして紅花が更に特異なのはこの染法によって染め出される色です。様々な色素たちが混ざって色を見せる草木が多い中、紅花の持つ色は優しい黄色と繊細な赤色のこの2つしか無いようなのです。繊細でわがままな紅花の赤の性格に気を付けながら黄色をうまいこと取り除くと、びっくりするような赤色に仕上がるのです。とても天然染料の色とは思えない激しい真紅。合成染料で単一色素を作ることができなかった昔は、皆この紅(くれない)色に魅了されました。

紅花で染めた絹ストール、スキャパレリもびっくりのショッキングピンクになります。

世界が恋をした紅色
エジプト第12王朝時代のピラミッドからは紅花染めの布が出土し、古代中国では紅花の産地であった燕支(えんじ)山を漢民族に奪われて匈奴の人々が深く嘆き、我が国の平安時代には貴族が豪奢な紅花染めにあまりにも無駄遣いをするためその染料使用量を規則で定めました。そのすべてはこの妖艶な赤が原因です。日光に弱く、洗濯にも弱く、そして染めつける為に特殊な技術が必要な紅花の赤。この、繊細で、気が弱く、そして気難し屋でわがままな紅花の赤に、皆が首ったけだったのだろうと思います。褪せやすく扱いにくいことに目をつぶっても十二分に私たちを歓喜と豊楽にいざなう赤色、それが紅花なのでしょう。
天然染料を日々扱っていると本当に様々なことに気づくことが多いのですが、この紅花の紅色を染めつけながら思うことは、“結局は見栄えが重要”という身も蓋もない歴史的文化的帰結です。世界中で愛された理由は、やはり、この紅花だけが染め上げることのできる紅色に世界の人が恋をしたからなのでしょう。

次号ではこの稀代の変わり者である紅花の染め方を解説します。少しまた理科っぽい話になると思います。