京都光華女子大学 短期大学部 ライフデザイン学科 ニュース 紅花(ベニバナ)の話 その3 ~絹(シルク)をピンクに染めるには?

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紅花(ベニバナ)の話 その3 ~絹(シルク)をピンクに染めるには?

こんにちは。ファッション分野担当教員の青木正明です。

紅花はビビッドな赤色素と優しい黄色素を持っています。できるだけ黄色を取り除き美しい赤だけで絹を彩り良く染めたい、と我が国の染師は古来様々な工夫をしてきました。天然染料の色とは思えないショッキングピンクにシルク)を彩るための手間と材料の紹介が今回のお話です。

黄色を完全に取り去る紅染め方法
紅花の黄色素は、セルロース素材すなわち綿や麻には染まらない、という面白い性質があります。一方、赤色素はセルロース素材にもよく染まります。この二つの色素の性格の差を利用すれば完全に黄色を取り去ることが可能です。その段取りを箇条書きします。

①綿や麻の素材を前月紹介した方法で染めて水洗する(これで黄色がいなくなります)
②染まった綿や麻の素材をすぐに灰汁などのアルカリ液に浸け色を抜く
③その液を染め液とし梅酢などで中和して、染めたい素材を染色する

紅花の黄色には染まらないセルロース素材をわざわざ仮で染めて、きれいな紅色に染まったらすぐに色を抜き、そうしてできた赤色だけの染液で本番のを染める、という2倍量の作業をするのです。これ、とても手間がかかりますが非常に合理的な手法です。
江戸時代に発行された「萬聞書秘傳(よろずききかきひでん)」という書物に、「くれなゐのつかひやうの事」という単元があります。紅花を使って美しい赤を出す秘伝について語られている非常に貴重な資料ですが、その中で
「ぞくぬの四ツへみなみなつけべし。(中略)あくをくらくらとわかしたてぞくぬのへ一ツかけしぼりいだして(後略)」
と書かれています。“ぞくぬの”とは粗い麻布です。江戸時代の他の指南書にも似た手法の記述が複数見られ、紅花の赤色素だけを完全に分離抽出する手法が江戸時代の紅屋で既に行われていたことがわかるのです。古文献に当たっていると「化学の知識を知らない昔の人がなぜこんなことを知っていたのだろう?」と不思議に思うことがよくあるのですが、この手間のかかる紅染め手法もその一つです。数多のトライアンドエラーによって形成された経験則による科学的手法なのですね。本当に素晴らしいと思います。

・ぞくぬの染め:
麻繊維をまずきれいな紅色に染め上げ、すぐにまた灰汁で色を抜いてしまうのです



山形の紅餅
美しい紅色に染めるための大切なもう一つの要素、それは紅花染料です。古墳時代に我が国に伝わったとされる紅花は当初近畿近辺で作られていましたが、のちに遠方でも栽培されるようになります。その中で、昼夜の寒暖差が大きいなど紅花栽培にうってつけの内陸型気候も手伝い、山形県の最上川流域が江戸時代には国内随一の紅花生産地となります。
品質の良い紅花づくりが営まれたこの地域では、色素量が多くなるような工夫が更に重ねられました。ただ単に花を乾燥させるだけでなく、3~5日間湿り気を持ったまま丁寧に寝かせたのちに乾燥させてできる「紅餅(べにもち)」。山形で昔から作られているこの染料は、赤色素が増量されギュッと詰まった、非常に高品質な材料です。現在は中国産の乾燥花弁が多く流通していますが、密度の濃い紅色や古来紅花からのみ採ることのできる笹紅色の口紅の製作には、色素量の多い山形産の紅餅のほうがうってつけです。
昔に比べるとずっと生産量は少なくなりましたが、この貴重な紅餅を作ってくださっている農家さんが今も山形にいらっしゃいます。筆者がお世話になっている山形市の長瀬正美さんもそのお一人。時間と手間を惜しまず素晴らしい紅餅を毎年作っては私たち染め屋や口紅メーカーさんに供給くださっています。長瀬さんの紅餅製作に対するお気持ちを伺うたびに、材料の大切さをひしひしと感じます。

・笹紅色
品質の良い紅餅でから採れる紅の色は不思議なことに「笹紅色」というきれいな緑になります



実は、山形の紅花をとりあげたドキュメンタリー映画があります。
紅花の守人 ~いのちを染める
紅花農家の長瀬さんを中心とした映像で、筆者も少しお手伝いしています。紅花とその色がいかに私たち日本人に重要だったのかを知っていただける素晴らしい映画です。
映画館上映は終わっていますが、おそらくもうすぐDVDが出ると思います。
ぜひ一度ご覧くださいませ!