京都光華女子大学 健康科学部 心理学科 ニュース 心を歴史的に見るということ(前編)

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教員コラム

心を歴史的に見るということ(前編)

 心理学はこれまでのように単独で一つの学問領域を構成することは少なくなくなり、これからは、いろんな領域との融合が進んでいくのではないかと思います。というのも、これからやってくる時代の要請に応えるためには、心の捉え方や理解の仕方を変えていく必要があるからです。

 心といって漠然と思い浮かべるイメージには、すでに私たちが生きている時代の共通の幻想を含んでいます。たとえば、心は一人ひとりの内側にあり、分割できない単一のもので、かけがえのない価値をもっている、という考え方は、すべて歴史的に作られてきたイメージです。こうした心に与えられてきた、内面性、単一性、唯一性といった特徴は、魂や復活を信じるほぼすべての宗教、人間中心主義であるヒューマニズム、束縛されない自由意志を至高の善とする自由主義など、今日、世界中のほとんどの人が当然のように思っている考え方の基盤となっています。内面性、単一性、唯一性という心の特徴によって、人は他者と交換できない唯一無二の精神(心)を持つことができ、そして心との内的対話を通して、本来の自分自身を実現していくこと可能になります。

 たしかに、テクノロジーがこれほど発展していない20世紀までの人類は、私のことを一番知っているのは私であると言うことができたので、自分の内なる声に耳を傾けることは十分な根拠を持っていました。しかし現代は、若い世代を中心に、私のことを私以上に知っていたり、私に存在意義を与えてくれたりするのは、自分の内側の声でなく、友だちや、ネットワーク上のつながり、さらにはデータベースとアルゴリズムの方だと感じるようになってきています。私のネット上の閲覧記録や電子マネーによる購入記録、ポイントカード情報、位置情報、メールで使う語彙、どんなジャンルの話題に「いいね」をつけたか等の膨大なデータは高度な演算処理(アルゴリズム)によって、私がどんな性格で、どんな交友関係をもち、何に興味を持っているか、といったことを私よりも正確に言い当てるだけでなく、「オススメ」の本、今の気分に合った音楽、交際相手など、私に関する様々なことを提案してくれるようになります。こうしたネットワーク上の声は、日々のささいな判断から人生の重要な決定まで、知らず知らずのうちに私の一部として次第に機能するようになってきています。

                                                                      長田 陽一(2020/7/28)