京都光華女子大学 健康科学部 医療福祉学科 言語聴覚専攻 ニュース デフスポーツチームにおける言語運用の変容の事例~②~

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教員コラム

デフスポーツチームにおける言語運用の変容の事例~②~

〇チーム結成から半年間の練習(2018.1~2018.7)                            

 結成後の練習は、1,2,4,5,6月に土日を使っての合宿が全てです。3月の合宿はなく、何人かは異なるチームでみみリーグ(福岡)に参加しました。5回の合宿(各1泊2日)では、京都など関西を中心に中学校高校との練習試合を中心に積み上げられていきました。

〇大賀監督の指導方針と方法

 選手の選抜にも関わり、チームの監督を務めた大賀玲子さんは、ご自身学生時代から現在まで選手として活躍し、現在中学校の体育科の教諭でありバスケット部顧問です。難聴学級担任の時からデフバスケの指導に長く関わっています。

 今回チームを指導する場面を長く見学し、またインタビューして、バスケットと言語力についての考えを深く知ることができました。

 選手へ伝える方法「私(監督)は、はっきりとした口話に手話単語を併用している。手話通訳の方も横についていて、監督からの直接指導でうまく伝わらなかった場合などは、瞬時に切り替えて手話通訳をみる場合もあるが、選手によっては手話の知識が異なる。何か方法が決まっているのではなく、監督からの指示を主にしながら個々の選手の判断で手話通訳を利用する」

 「ミニバスや中学の部活等、選手は全員このチームに入る前からそれぞれでバスケットの経験はある。インターハイ経験者もいて、ドリブル、パス、シュート練習、ルールなど一通りはできている。けれど、私がなぜ○○をするのか?と質問をしても、(言葉で)答えられない場合がほとんどだった。


なぜドリブルは身体の横でつく?
・・・前でつくと自分の足で蹴ることがあるから。

なぜ肘を開いてボールをキャッチする?・・・肘を開くと親指が下になる。ボールを持つと親指が下にかかるので、多少上からはたかれてもボールを落とされない。

なぜスクリーンアウトを強調する?・・・背の高い相手とボールをとる競争をする時、高い位置ですると当然負ける。対等になるためにボールを落とす。そのためのスクリーンアウトであり、落としたところに飛び込んでキャッチする。

スリーメン・ツーメンの練習の目的は何か?・・・コートで攻撃をするときに、コートの幅全てを使う。走りながら選手の位置を把握して、面になるような位置取りをする」等など。中学時代にバスケ部で万年補欠だった私は「目から鱗」と思える説明を際限なく聞くことができました。 

 
 同じ学校に勤務していた頃から、彼女の部活指導は迫力満点でしたが、それ以上に「言葉で説明すること」をしつこいほどやっていたことを思い出します。

 また、選手がそれをわかっているかどうかについては、YesNoを聞くことではなく、オープンクエスチョンで、全員に何がわかったのかを言わせます。今回の練習の合間や後のミーティング、試合を中断しての説明など、時間はとてもかかるけれど、この方針を一貫して行っていました。大会後に彼女は「中学校難聴学級で出会った生徒との話し方は基本にあると思う。学級で起こった事象について、その場にいる全員に発言させていたことはバスケのチームでも同じ姿勢だ」と自分を振り返っていました。


〇選手同士のやりとりの変容

 月1度の限られた練習。一日の終わりには必ず①監督が主導する振り返りの時間と、その後②選手だけで行う自分たちのミーティングをとっていました。②の時間枠を作ることは当初は監督の指示でしたが、その後恒例の時間になっています。また「バスケットノート」を各自で作り、自分やチームに対する記録と意見(課題)を書いて合宿時にスタッフに提出します。

 選手同士のやりとりは、チーム結成当初はデフバスケの経験のあるキャプテン・副キャプテンが主導でした。先に挙げたようにコミュニケーション方法の異なる背景をもつ選手は、全て指文字を使おうとしたり、監督に怒られると、通訳を見ることで視線をそらしたりすることもありました。ミーティングは主副のCap中心で進みました。当初から選手同士のLINEグループを作っていましたが、そこでも発信する人は限られ、「わかりました」「了解」など短い返答やROM(読むだけ)もかなりあったようです。

 <選手A>

「2月に怒られ、4月に怒られ、チームの雰囲気もそれほどよくなかった。自分からやりたいというより、やらされてるというか、やらなければならないという程度の気持ちだったように思う。」

 年度末の3月の「みみリーグ」を経て、また新年度になって渡米が近づくと、自分たちのバスケが単にお楽しみサークルではないと自覚が出てきたようです。また一緒にプレイする回数が重なれば、9人それぞれのキャラクターがわかり始めます。選手同士のミーティングでは、みんなが発言するようになり、

 <選手B>

「(日常の)高校の部活ミーティングはまじめだけど、このチームのはうるさいっていうか・・・」(高井:うるさいってどういうこと?)「黙って真面目にCapの話を聞いておけばいいんじゃなくて、みんな自分の意見を言ったり、つっこんだりし始めたみたいな・・・」

 LINEグループの使い方にも変化がみられました。当初は手話を知らずあまり表情が豊かではなかった選手が、たまたま作戦板をもっていて、練習後に確認したいくつかの作戦について、全員が理解しているかを確かめるために、作戦板を使った動画を作りそれをLINEで発信することをし始めたのです。それをきっかけに話が飛び交い、また次の練習後のミーティングで発言が増してきます。

 土日の合宿終了時、日曜の夜は各地へ帰宅する時間確保のため長いミーティングがとれません。「今回の合宿の課題について、発言しよう」と合宿後の週のLINEでは、一人ひとりの発言がかなり長い文章となってきました。長い場合は一人400字以上の発言が続き、それに関する選手同士のやりとりが増えたのです。渡米前の持ち物や土産の打ち合わせのやりとり等も写真入り、スタンプ入りで、回数はぐんと増えています。ほんのちょっとした疑問もLINEではまるでグループでわいわい話をしているような雰囲気でした。

 9人のコミュニケーションが、LINE・音声(口形)・手話単語(時々指文字)など多様に使いながら続いた後半の合宿で、「昼休みが短かすぎた時、全員で監督に言いにいった」というできごとがあったり「次に○○を知らせてほしい。そうでないと私達は△△ができない」等、監督やスタッフに自分たちの要求を伝える行動がみられるようになりました。

〇ReadingTest

 全員の承諾を得て、ReadingTestという読書力に関する検査をしたのですが、その結果にはそれほど共通項はありませんでした。また年齢とReadingTestの偏差値との相関関係もありません。全員の偏差値の平均は中学3年3学期の平均を50とした場合、53.8(43~63までの幅)でした。

〇世界知識と教科学力

 監督は、選手が教科の学力に比べてその年代であれば多くの人が知っているであろう知識を知らないということが何度かあったと話をしてくれました。「3月にみみリーグに参加するときに、京都中心にチームを作り、チーム名を自分たちで考えた。『まいこはん』とか『おたべ』とか京都にちなんだ名前の候補がでてくるけれど、どれもいまいち。そうだ!『GOZAAN(ござ~ん)』にしようと誰かが言い出して、強そうないい名前なので決まったという経過がある。その中で、大文字(だいもんじ)は知っていても、五山の送り火(ござんのおくりび)と結びつていることを知らなかった選手がいた」その選手は前述のReadingTestでは上位だったので、私も意外に思いました。

 一つしか例を挙げませんでしたが、若者が今いる限られた関係だけの話題ではなく、社会に結びつく豊かな話、自分の専門外であっても小耳に挟む話などを保障するには、単に伝わりやすい環境であるだけではなく、関係性の開かれた「相手」が必要になってくるのだろうと思います。


〇アメリカでの10日間

 言語力運用には「相手」とともに、「伝えたい意欲」というようなものが不可欠です。

 U21チームの渡米後。宿舎は、ギャロテッド大学の学生寮で、食堂での食事や洗濯など、自分たちでやらなければいけないことが多く、各種の当番を決めて行っていました。アメリカに渡るころには、選手同士のコミュニケーションの方法の最大公約数はある程度定まっていたようです。試合以外の場面では補聴器や人工内耳を装用していることもあり、多くは口形をはっきりさせながら音声を出し、手話を併用(日本語対応手話的な使い方)します。24時間一緒にいる中で、日常の会話とバスケットに関する会話は一対一ではなく、何人が集まって同時に会話が進んでいくという時間が多くなっていきました。

 また一日の最後には選手同士でミーティングをするという習慣は渡米中も毎日続きました。試合の振り返りや次にあたる国のチームの特徴や選手のこと、体格の大きな外国の選手と互角に戦うための作戦や、チームで決めたことを徹底し確認し合うために、ミーティングの時間は毎日かなりの時間を費やします。ここでも上意下達ではなく一人ずつ全員が意見をいうことを大事にしました。

 話し合った作戦がうまくいったときの成就感について、選手は「本当に背が高い外国の選手にも足を入れたスクリーンアウトをして、ボールを落としたら、私がボールをとれる!ディフェンススクリーンの効果を実感した」と話していました。


〇外国のチームとの対戦と親睦

 会場であるギャロテッド大学から受けた刺激はとても大きなものでした。広大なキャンパス。大学はその町と一体化しています。「世界にこんなにたくさんの聴覚障がい者がいる!」「セブンイレブンが近くにあったのだけど、店員さんも手話を当たり前に使う!」毎日が驚きの連続でした。

 多くの写真の中で、どちらかといえばシャイな選手が外国選手とハグし、大笑いしています。大賀監督曰く「若い選手は国際手話も短時間でどんどん覚えていた。その速さは私の比ではなかった」。選手がどのように親密度を増していったのかを詳しく聞きました。当初から外国選手の豊かな表情やジェスチャーに圧倒され刺激されたことは大きかったようです。また、日本が予選で敗れたアメリカの決勝トーナメント第一試合で日本選手はアメリカの対戦国のイタリア側に立って応援をしていたところ(決勝でもう一度負けたアメリカとはやりたくなかったのでしょう)試合後彼女らと急速に仲良くなっていったようです。「イタリア語なんて知らないでしょ?」とかましても、「最初は簡単な国際手話や。応援だから難しい話をするのではないし、ジェスチャーとメモみたいな英語もいろいろ使った」と。スマホでのやりとりも既に世界共通でした。

〇U21の経験を経た今

 このチームに参加するまで、周囲に聴覚障がいの知り合いもなく現在も支援をほとんど受けていない高校生が、帰国後自分を振り返っての言葉「何で性格が少し明るくなったのか電車の中で考えてたんですけど、たぶんデフバスケと出会ってから人と話すのが楽しいって思えるようになったからかなぁと思います。
 (今までは)健常者と話すのはちょっとしんどいのであまり好きじゃなくて…話すのが嫌いで無口だったのかなと思います」また高校の部活に復帰した別の選手は「この高校のチームで、私がいることが認められたというか。3年が引退した今の新チームで練習が始まり、積極的になった私を「なくてはならない」と言ってくれる仲間がいる。」と、自分への自信に繋がる振り返りの言葉が輝いていました。