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2024.11.02 専門分野コラムトランスフォーマーもノーベル物理学賞?
ライフデザイン学科教員の相場です。
以前の教員ブログで水平思考クイズについて紹介(https://www.koka.ac.jp/lifedesign/news/6527/)
しました。このクイズを「ライフデザイン・コンピテンシーⅠ」という授業の中で取り上げているのですが、それは、このクイズがおもしろいからではなく(もちろんそれもありますが)コンピテンシー育成に効果的だからです。また、これに先立ち、水平思考クイズに取り組む過程が研究の過程に似ているという話もしました。もう一度、その個所を再掲します。
・・・水平思考クイズは研究と似ている!と思いました。研究も、答えがわからない問題に対して、まずは常識的な仮説を考え、それが成り立つかどうかを見極めます。そうした常識的な数々の問いを経て、ついに誰かが常識を乗り越えた飛躍的な問いを見つけ出し、答えにたどり着きます。どうです?水平思考クイズそのものでしょう?
水平思考クイズに取り組むことによって気づいてほしいことに次のことがあります。常識を乗り越えた飛躍的な問い(水平思考)を見つけ出すことはもちろん重要です。この水平思考によって解答に向けた新しい地平が切り開かれるのですから当然です。水平思考クイズに、もしノーベル賞があるのなら、この水平に思考を飛ばし新しい道を切り開いた人に授与されるでしょう。しかし、誰かが水平に思考を飛ばす前の、ひたすら常識的な問いを出し続けること、これも重要です。この過程があってこそ、誰かが水平に思考を飛ばすことができるのです。水平思考を評価するとともに継続的な常識的問いも尊重すること、両方が大事です。
というわけで(?)ノーベル賞の話題が出た(強引だなあ・・・)ところで、2024年度のノーベル賞についてです。2024年度のノーベル賞を受賞した人の中に、ジョン・ホップフィールドとジェフリー・ヒントンがいます。さすがノーベル賞です。その分野の歴史をさかのぼり、誰が水平に思考を飛ばし新たな地平を切り開いたのかをしっかり見極めたうえでの授賞です。この二人のノーベル賞は文句のないところでしょう。
一方で、非常に驚きもしました。この二人が受賞したのはノーベル機械学習賞ではなくノーベル物理学賞だったからです。「ノーベル賞の選考委員も思い切った決断をしたな」と思いました。というのも、「機械学習は非常に発展し社会に大きな影響を与えている分野ではあるが、残念ながらノーベル賞の対象分野ではない」という考え方もあり得たと思うからです。数学がノーベル賞の対象になっていないことを思うとなおさらです。
物理学のノーベル委員会は、2024年度のノーベル賞の「科学的背景」の説明の中で、彼らが物理学の道具を使って、機械学習の基礎を作ったことを強調しています。確かにホップフィールドの提案した連想記憶のモデルとしての「ホップフィールドモデル」は、物理学のスピンのダイナミクスをモデル化したイジングモデルに他なりません。また、ヒントンが生成モデルの草分けとして開発したボルツマンマシンは、物理学の統計力学に基礎を置き、その知見をふんだんに活用しています。物理学の道具を使いながら、水平に思考を飛ばし、機械学習分野の地平を新たに切り開いた研究なのだからノーベル物理学賞にふさわしいと言えます。
だとすると今後のノーベル賞に関して気になることがいくつかあります。
1つは、今後の機械学習の分野のノーベル賞がどうなるかということです。今回のノーベル物理学賞を契機に、(1)機械学習自体を物理学の分野とみなすことになるのか、(2)機械学習自体は物理学とは別物だが、個々の研究において物理学との関連を調べて、物理学と関連があれば物理学賞の候補となるのか、どちらになるのだろうかという点です。例えば、最近の画像生成に欠かせない拡散モデルは拡散現象を扱っているという点で物理学と関連があるので、ノーベル物理学賞となるだろうか、いやいや、拡散モデルはボルツマンマシンからほぼ素直な思考(垂直思考)で到達できるのでノーベル賞は難しいだろうとか、あるいは、最近の大規模言語モデルの急激な進展に欠かせない「トランスフォーマー」は、水平思考という点では文句なしなのでノーベル賞になるだろうか、いやいや物理学と関連が薄いのでノーベル賞は無理だろうとか、勝手にいろいろ予想して盛り上がっています。
もう1つ気になることは、今回と同じ理屈が他の分野にも波及するかどうかです。物理学を道具として使って発展した分野というのはたくさんあるのではないでしょうか。果たして今後多くのそのような分野でノーベル物理学賞が生まれることになるのでしょうか。
それにしても、もともと私は、はじめて人工ニューラルネットを使った機械学習について知った時、「要するに、風変わりな試行関数(人工ニューラルネットのこと)を用いた変分問題でしょ。風変わりだけど汎用的なところが売りのようだけど、それより、現象ごとに最適な試行関数を考えるほうが大事でしょ」と考えていました。それがノーベル物理学賞を受賞するまで進展し、それを私も当然と受け止めているなんて・・・。隔世の感があります。