京都光華大学 短期大学部 ライフデザイン学科 ニュース 学生レポート「ディズニーアニメ『美女と野獣』の衣装時代考証 ~美女と野獣は時代に適した服装をしているのだろうか?」

ニュース

授業活動

学生レポート「ディズニーアニメ『美女と野獣』の衣装時代考証 ~美女と野獣は時代に適した服装をしているのだろうか?」

こんにちは。ライフデザイン学科教員の青木です。
私が担当している授業「西洋の服飾史」の課題の中で、ディズニーアニメの衣装に関する時代考証を行った学生のレポートがありました。しっかり考察してくださっているのでぜひこちらで紹介させていただきます。アニメ「美女と野獣」をお好きな方、西洋服飾史にご興味がおありの方、ぜひ一度ご覧ください。



美女と野獣は時代に適した服装をしているのだろうか
Y.N.(2023年度入学)

私はディズニーが好きだ。とりわけ「美女と野獣」が気に入っている。鮮やかなイエローのドレスを身にまとい華麗に踊るベルを見た際、1つの疑問が頭をよぎった。彼女の服装は果たして時代に適した服装なのだろうか。今回は名作「美女と野獣」の服装について紐解いていこうと思う。

はじめに「美女と野獣」の作品について掘り下げていく。
ウォルト・ディズニー・アニメーション・スタジオが手掛けた長編アニメーション映画として名をはせた美女と野獣。2017年にエマ・ワトソンが主演を務めた実写映画が公開されたことは記憶に新しいだろう。しかし、原作はディズニーではないのだ。
美女と野獣には原作が2つある。1つ目は1740年にガブリエル=シュザンヌ・ド・ヴィルヌーヴによって書かれた。それを短縮し、現在広く知られているものが1756年にジャンヌ=マリー・ルプランス・ド・ボーモンによって書かれた2つ目の原作である。ディズニーの美女と野獣の元となったものはボーモン版なのである。
時代設定は18世紀半ば、革命前のフランスである。18世紀半ばのフランスにおける服装はどのような特徴を持っていたのだろうか。女性、男性それぞれ見ていく。

18世紀を特徴づける女性のファッションはロココ様式であり、一言で言うなれば華やかで贅沢なドレスだ。服下にはコルセット
図1)パニエ(図2)を着装した。コルセットで体を円錐型に補正し、くびれを強調しつつ胸を持ち上げた加えて、スカートに膨らみを出すために着用したものがパニエである。1750年頃には前後の張り出しを無くし、左右2つに分かれ横に広がるスタイルへと変貌しスカートは台形型となった。



図1 コルセット 画像:Wikipediaより


図2 パニエ 画像:Wikipediaより


18世紀のドレスの形状はローブ・ア・ラ・フランセーズである。ブーシェによって描かれたポンパドゥール夫人の肖像画(図3)はまさに典型的なローブ・ア・ラ・フランセーズと言えるだろう。ドレスは前開きのローブ、ペティコート、ストマッカーの3つで構成される。前開きのローブを堅さのある逆三角形のストマッカーを用いてドレスの前面を閉めていた。精緻な刺繍やレース、リボンなどの装飾が施されておりシルクやサテンなどの高級素材で作られた。後ろ姿にも特徴があり、首の後ろから足元までプリーツがあしらわれている。ローブ・ア・ラ・フランセーズは視覚的に華やかで富と地位を強調とする役割を果たしていた。

図3 Boucher Marquise de Pompadour 1756 画像:フランス語版Wikipediaより


18世紀後半の高く結い上げられた髪型も忘れてはいけない。1770年代にはパニエとともに大きくなり奇想天外なスタイルが登場する。1778年アメリカの独立戦争をめぐりフランス軍艦が勝利を収めたことにより軍艦を頭に飾る髪型(図4)が流行するなど時事が反映されることもあった。

図4 18世紀に流行したフリゲート艦ユノーの髪飾 画像:Castle of Blérancourt Franco-American Museumより


男性服は17世紀に大きな変化があり、18世紀は洗練されたファッションを追求した。シルエットはスリム化し、装飾はシンプルでありながら高級感を持つ服が主流となった。ウエストコートやジレ(ベスト)が一般的となりジャケットの丈が長く裾が広がるスタイル、アビ・ア・ラ・フランセーズが流行した(
図5)。

図5 アビ・ア・ラ・フランセーズ姿のフィリッポ1世 画像:英語版Wikipediaより


本題はここからだ。アニメ「美女と野獣」のベルと野獣の服装を見ていこう。

ベルのドレスは18世紀の特徴であるローブ・ア・ラ・フランセーズや高く結い上げられた髪型は一切見られない。
また、こちらこちらの2点を見ると野獣の服装は19世紀に現れるダンディズムから派生した燕尾服スタイルであり、これも18世紀の男性服ではない。

2人の服装は18世紀ではなく19世紀の特徴がみられる。ここで19世紀の服装を女性と男性それぞれ見ていこう。

19世紀の女性服として特徴的なものはクリノリン・スタイルバッスル・スタイルのドレスだ。
クリノリン・スタイル(図6)のクリノリンとは馬のたてがみや尾の毛を表す言葉である。当初は絹や毛織物に織り込んで張りのある布地を作りペティコートを作っていたがパニエと同じようにクジラのひげや針金の輪をつないだものへと変化した。コルセットで締め上げた細いウエストと膨大なスカートが特徴的だがこちらのスカートは円形である。風で舞い上がったスカートの下から除く鳥籠のようなクリノリンが滑稽であることやクリノリンが広がりすぎたことにより座ることのできない女性が多く見られたことによりスカートは次第に落ち着きを見せた。

図6 クリノリン・スタイルのメキシコ皇后シャーロット(1865年頃) 画像:フランス語版Wikipediaより


こののち、1870年代にはバッスル・スタイル(図7)へと移り変わっていく。バッスル・スタイルではスカートの前部分はスリムであるが後ろ部分が大きく膨らむデザインである。クリノリン・スタイルに似ているものの、後だけを膨らませることで優雅な印象を与える一方で動きやすさも考慮されていた。

図7 ジュール・ジェーム・ルージュロン《鏡の前の装い》1877 年  東京富士美術館蔵


これらから考察すると、まず女性服であるベルのドレスはスカート部分が台形のローブ・ア・ラ・フランセーズではなく円型のクリノリン・スタイルが近いのかもしれない。

次に男性である野獣の衣装に目を移す。19世紀の男性服は現在の紳士服の基礎が作られた時代である。先ほど述べたダンディズムが19世紀初頭にイギリスで現れ、この流行のために19世紀以降は男性服に大きな変化が見られなくなる。同時に簡略化・定型化が進み、「衣服が身体にぴったりあうこと」「装飾は控えめ、色は地味であること」が特徴となる。
夜の社交場では正式な礼服として位置づけられた燕尾服が舞踏会などで着用された。ジャケットの前が短く、後ろが長く尖った形が特徴的であり、燕の尾に似ていることから燕尾服と名付けられた。このデザインは動きやすさと同時に優雅で洗練された印象を与える。

時代設定が18世紀であるのに対し、なぜ2人の服装は18世紀ではないのだろう。
ウィキペディアによれば、このアニメの脚本家であるリンダ・ウールヴァ―トンは「ベルのドレスは映画『ローマの休日』でオードリー・ヘップバーンが着ていた衣装(図8)から着想を得た。」との記載がされていた。ドレスが18世紀のものでない理由はこれだったのだ。加えて、ウールヴァ―トンはベルを「時代を先取りした女性」として描いており「一風変わったディズニーのヒロイン」にしようと決意した。ベルを自立したキャラクターにし、「考える人であり、読書家であり、外見にこだわらず、被害者でもない、積極的なヒロイン」を作り上げたのだ。仮にオードリー・ヘップバーンのドレスから着想を得ていなかった場合であっても、ベルの外見にこだわらない性格は18世紀の華やかで贅沢なドレスや高く結い上げられた髪といった流行に流されない性格を表現しようとしていたのかもしれない。

図8 映画「ローマの休日」のオードリー・ヘップバーン 画像:25nsホームページより


また、野獣の服装が燕尾服であった理由はダンスシーンであったことから正式な礼服として位置づけられた燕尾服が採用されたのかもしれない。しかし野獣は時代を先取りし、自立した女性であるベルに感化されたのではないだろうか。野獣はみすぼらしい老婆の願いを断り、人を見た目で判断したことによって罰として野獣へと姿を変えられてしまった。服装は当時、個人を示す重要な要素であったが周囲と異なる服を着ることによって人の目を気にせず、これまで持っていた見た目に基づく偏見が彼の中から消えていく様子を表しているとも考えられる。

 今回は「美女と野獣」の服装が時代に適しているかという衣装時代考証を行った。ベルのドレスは「ローマの休日」のオードリー・ヘップバーンのドレスから着想を得ており、野獣の服装は明確な結論に至ることはできなかった。だが、事実を把握することは重要である一方で、想像力を活かすことにも価値があるのではないか。
 仮にローブ・ア・ラ・フランセーズや高く結い上げられた髪型の場合ここまで人々に愛される作品にはならなかったかもしれない。時代に忠実であることよりも視聴者が親しみを持ちやすいデザインに仕上げたウォルト・ディズニー・アニメーション・スタジオは実に見事である。


参考資料・文献
https://youtu.be/SjLkrjpUKbQ?si=MD5UcvuFpASGoy7p
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%99%E3%83%AB_(%E7%BE%8E%E5%A5%B3%E3%81%A8%E9%87%8E%E7%8D%A3)
https://jmapps.ne.jp/bunkaac/det.html?data_id=4623
https://www.mirumiruworld.com/beauty-and-beast-all-804
https://sp-magazine.disney.co.jp/p/55030
増補新制〔カラー版〕世界服飾史
図解ヨーロッパ服飾史
西洋服飾史-図解編-