京都光華大学 短期大学部 ライフデザイン学科 ニュース 「鬼滅の刃」鬼殺隊の蟲柱、胡蝶しのぶはなぜ毒を使うのか?

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「鬼滅の刃」鬼殺隊の蟲柱、胡蝶しのぶはなぜ毒を使うのか?

ライフデザイン学科教員の久世です。

人気漫画『鬼滅の刃』の映画が公開されていますね。私は以前「鬼舞辻無惨の元ネタに関わるお話? ~アニメから紐解く日本史学」という記事を書きましたが、今回は映画「劇場版 鬼滅の刃 夢幻城編 第一章」で重要なキャラクターである「胡蝶しのぶ」にまつわることを書きたいと思います。

 「胡蝶しのぶ」は、鬼舞辻無惨を首魁とする鬼たちのせん滅を目指す鬼殺隊の柱の1人で、蟲柱とも呼ばれます。蝶の髪飾りが似合う、上品でたおやかな見た目で「柱の中で唯一鬼の頸が斬れない剣士ですが、鬼を殺せる毒を作ったちょっとすごい人」(本人談)です。そしてちょっと毒舌です。胡蝶とは、蝶の異称です。彼女の名前や設定はどこから来ているのか、妄想してみました。

 能楽の演目に、「土蜘蛛」という演目があります。『平家物語』に収録された話を基にした曲で、葛城山に棲む土蜘蛛という妖怪が、源頼光らに退治されるお話です。その中に、頼光の侍女・胡蝶という役があります。
 胡蝶は最初のシーンに登場します。病で伏せっている頼光のため、典薬頭(宮中の医薬を司る役所)から薬を預かり、頼光の元へ届ける役どころです。頼光は、具合をうかがう胡蝶にも弱音を吐き、胡蝶が届けた薬を飲んでも病は一層重くなるばかり。そこに僧形の土蜘蛛が現れ頼光に襲い掛かります。この病は、実は土蜘蛛の仕業だったのです…。
 この胡蝶には、少し不思議なところがあります。たったこれだけの出番であまり必要な役と考えられないこと、にも関わらずわざわざ胡蝶という名前が与えられていることです。
そのため胡蝶を、土蜘蛛が化けたものだとする説もあります。胡蝶役は「万媚」と呼ばれる口元に妖しい笑みを浮かべる面をかけることもあり、ただの侍女ではないような、妖しげな印象を与えられています。
 そもそも蝶は、平安時代に書かれた『堤中納言物語』虫めずる姫君の中でも、「蝶はとらふればわらは病せさすなり(蝶は捕えるとおこりという病になる)」などと言われ、病を運ぶとされたり、死者の霊とされたり、兵乱や地震の予兆とされることもある虫です。毒をもつ種類もあります。そのような名前にしたこと自体、妖しい雰囲気を演出していると言えるかもしれません。
さらに、能「土蜘蛛」を元にした神楽の「土蜘蛛」では、土蜘蛛が胡蝶を殺してなりすまし、頼光に近づいて毒を飲ませ、病を重くしたのだと解釈するものもあるようです。『鬼滅の刃』には主人公の家に「ヒノカミ神楽」という神楽舞が伝わっていることもあり、神楽の「土蜘蛛」に出てくる胡蝶から、胡蝶しのぶの名前や、毒を使う戦い方の着想を得たのではないか?と考えました。

 また胡蝶しのぶの初登場が、蜘蛛の糸のような術を使う累という鬼と、那田蜘蛛山で戦った時であったということも、土蜘蛛との縁を感じさせます。ちなみに現在の能「土蜘蛛」では、累たちの攻撃ような蜘蛛の糸を投げかける演出がありますが、これは明治時代に、金剛流で始まったものです。能というと静かな印象があるかもしれませんが、「土蜘蛛」は見る人を飽きさせない躍動的な演目です。



蜘蛛の糸を投げかける演出が書かれた資料
観世左近 編「能寿賀多」第13輯(芸艸堂、昭和7年)https://dl.ndl.go.jp/pid/1015765


更に胡蝶しのぶが那田蜘蛛山で鬼に初めて話しかける時、「こんばんは、今日は月が綺麗ですね」と言うのですが、これも能「土蜘蛛」での土蜘蛛の第一声「月清き夜半ともいえず雲霧のかかれば曇る心かな」という台詞を思わせる…というのは考えすぎでしょうか。

なお、土蜘蛛にゆかりのあるものがいくつか残っています。京都市の東向観音寺と上品蓮台寺、奈良県御所市の葛城一言主神社に、土蜘蛛塚があります。また、土蜘蛛を斬った刀は、「膝丸」から「蜘蛛切」と名を変えましたが、一説によれば現在京都市の大覚寺に所蔵されている「薄緑」(源義経により改名)が、「蜘蛛切」であると言います。こうした場所を訪れて物語について思いを馳せるのも楽しいですね。