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2026.02.03 授業活動学生の服飾史レポート「見えないコルセット」
こんにちは。ライフデザイン学科教員の青木正明です。
私が担当している授業「世界の服飾史」の課題の中で、学生が女性のファッションについてとても興味深いレポートをしてくださいました。近世から現代にかけての体形意識について“コルセット”という補正下着をキーワードに論述してくださっています。ぜひ一度ご覧ください。
見えないコルセット
A. O.(2024年度入学)
歴史を振り返ると、女性の身体は常に社会の価値観や文化的規範の影響を受けてきた。特に「美しさ」という概念は時代によって変化しながらも、しばしば女性の身体を縛る役割を果たしてきたといえる。近世ヨーロッパで象徴的だったコルセットは、単に服飾の一部としてではなく、女性の身体をあるべき姿へと矯正しようとする社会のプレッシャーそのものを体現していた。それから数百年が経過した現代、外見への価値観は大きく変わったように見える。しかし、本当に女性は身体を縛る構造から自由になれたのだろうか。SNSの普及やメディアの影響が大きくなる現代社会において、別の形で女性を締め付ける「見えないコルセット」が存在しているのではないか。本レポートでは、近世のコルセット文化と現代の体型へのプレッシャーを比較し、女性が置かれてきた社会的状況の連続性について考察する。

18世紀のコルセット 画像:Wikipediaより
近世ヨーロッパにおいて、女性の身体は社会的価値観や美意識と密接に結びつき、その象徴としてコルセットが用いられてきた。コルセットは単なる衣服の一部ではなく女性の身体を理想化された形へと矯正する道具として強い意味を持っていた。特にウエストを強く締め上げ、胸と腰回りの曲線を際立たせることで作られる「ボン・キュッ・ボン」と呼ばれる体型は、当時の社会が求める女性らしさの象徴とされていた。このような体型は健康的であるかどうかよりも、社会的規範に合致しているかどうかが重視されたといえる。女性は身体的苦痛を伴うことを理解しながらも、求められる美の基準に応じるためにコルセットを締め続けた。そこには、女性が社会的に担わされていた役割や期待が強く反映されている。
しかし、コルセットの廃止や女性解放運動などを背景として、20世紀を境に服飾史の中でコルセットは象徴的な役割を終えたとされる。たしかに、物理的に身体を締め上げる衣服は日常的には用いられなくなり、女性たちは身体の自由をある程度取り戻したように見える。しかし、現代において本当に女性が身体の規範から解放されたのかと問えば、必ずしもそうとは言い切れない。むしろ、形を変えた新たな「コルセット」が女性を取り巻いていると考えることができる。
その一つが「細いことが美しい」という価値観である。現代社会では、ただ健康であるだけではなく、標準体重よりもさらに細い体型が理想とされる傾向が強い。ファッションモデルやインフルエンサーのように、極めて細い体型の人物が「美しさの象徴」として繰り返しメディアに登場することで、多くの人々は自分の身体をそれらの人物と比較しがちになる。
本来、多様な健康的体型が存在するはずだが、視覚的な情報が溢れる現代では、その多様性が過小評価され、細い身体こそが価値のあるものとして扱われる傾向が強まっている。
特にSNSの登場は、この状況をさらに加速させている。InstagramやTikTokなどでは、加工された写真や、意図的に細く見える角度で撮影された画像が容易に共有される。それらは「現実とは異なる理想化された身体像」を広く、瞬時に拡散する力を持っている。SNSでは他者の生活や身体を常に目にすることになり、ユーザーは自分と他者を絶えず比較してしまいやすい。特に若者にとって、モデルやインフルエンサーが持つ「完璧な体型」は、自分もそうならなければならないという強迫概念を生みやすい。結果として、適正体重に満たないほどの過度なダイエットに走る人が増加している。
このような状況は、物理的なコルセットが存在しないにもかかわらず、女性が「見えないコルセット」を身につけていると言える。見えないコルセットとは、社会的な期待や美の基準が身体に対して課すプレッシャーのことである。近世の女性がウエストを細く見せるために実際のコルセットを締めていたように、現代の女性はSNSやメディアによって形成された価値観に縛られ、理想的な細さを目指して自分の身体をコントロールしようとしている。その違いは、道具が“物理的”か“精神的”か、という点だけであり、根本的な構造は驚くほどに通っている。
さらに、現代の「見えないコルセット」は近世のコルセットよりも厄介な性質を持つ。それは、本人がその存在に気付きにくいということである。SNSは生活に密接に、日常的な習慣の一部として溶け込んでいるため、価値観の押し付けがどこから来ているのか判断しにくい。そのため「自分の意志で細くなりたいのだ」と考えてしまいやすく、社会的圧力を見えにくくする特徴がある。この不可視性こそが、現代の女性に強い影響を与えている要因だと考えられる。
もちろん、体形に関する価値観が変化し始めている側面も存在する。ボディポジティブの考え方が広がり、多様な美が認められつつある。しかし、その一方で極端な細さを理想とする風潮は根強く残っており、全体としては依然として細い体型への偏重が大きい。特に日本においては「痩せていることが礼儀正しい」「太ることが怠慢」という意識が暗黙の了解として存在する場面もあり、女性の身体に対する圧力は文化的にも強化されている。
以上のように、近世のコルセットは姿を変えながら現代社会にも受け継がれていると言える。物理的な締め付けはなくなったものの、社会的な価値観が女性の身体に制約を課す構造は連続しており、その意味でコルセットは現在も機能し続けている。理想化された細い身体への追求は、女性が自由に自己を表現し、自分らしさを尊重する機会を奪ってしまう可能性がある。これからの社会に必要なのは、身体の多様性を正しく理解し、外部の価値観に縛られない美しさを認める視点である。
本レポートでは、近世におけるコルセット文化と、現代社会における「細さ」への強い価値観を比較し、その連続性について考察した。時代や文化が変化しても、女性の身体が社会的規範の影響を強く受けていることは共通している。昔の女性たちは物理的なコルセットによって身体を縛られていたが、現代の女性たちはSNSやメディアによって造られる理想像に精神的に縛られているといえる。形は異なっても、女性が美の基準によって制限される構造は本質的に変わっていない。
今後求められるのは、社会が一方的に定める美の基準から解放され、多様な体型や個性が尊重される価値観の浸透である。身体は誰のためのものでもなく、他人の理想のために変えなければならないものでもない。外部から押し付けられた「見えないコルセット」を外し、自分らしい美しさを肯定できる社会の構築こそ、現代に生きる私たちが目指すべき方向性である。
