ニュース
2026.02.09 専門分野コラムChatGPTは「行間チューニングツール」となって知の再定義を行う
ライフデザイン学科教員の相場浩和です。
科学史を専門とされる神里達浩氏(千葉大学大学院教授)が2026年1月28日の朝日新聞で「チャッピーと大学教育 知の『劣化』か『再定義』か」という興味深い記事を書いておられます。生成AIは「お客様」の質問にできる限り答えようとするので、従来なら大きな知的負荷を要するような知識も、誰もが手軽に入手できるようになります。その結果「知」そのものを「安っぽい道具」とみなす知の劣化が生じるかもしれない、というわけです。一方、氏は生成AIの行っていることを「知的負荷の外部化」という一般的枠組みでとらえなおすと、実は同様の現象は過去何度も起きていると言います。活版印刷、百科事典、電卓等々…。そして、これまでの「知的負荷の外部化」で起きたのは知の劣化などではなく「何が知であるか」という知の社会的再定義であるとしています(もっとも氏は、長期的にはそうであるとしても、短期的には、市場外のことも何でも市場内にマップし、市場の運動に任せていれば解決するという潮流の中で、その中に教育も巻き込まれながら進んでいるという状況は油断ならないとも指摘されています)。
そこで、私も、(上の最後の注意は忘れないようにしながら。どのように考えるかはまた別の機会に)生成AIが行っている「知的負荷の外部化」は決して知の劣化ではなく、「行間チューニングツール」(意味は下で説明)という新しい学習ツールとして、知の再定義に寄与していることを説明したいと思います。
大学で初学者が物理を教科書で勉強しているとしましょう。物理ではよく「行間が広い」あるいは「行間が狭い」という言い方をします。物理では式の導出あるいは式の展開が重要ですが、飛躍がないように逐一丁寧に式展開が行われていて、目だけで追えるような場合「行間が狭い」と言います。逆に、式展開を、例えば数行ずつ「間引いて」、一見しただけではどのように式展開が行われているかわからない場合は「行間が広い」と言ったりします。初学者には行間が狭いほうがありがたいのですが、ページ数の制限からどうしても教科書は行間が広くなりがちです。式の展開だけではなく、文章でも「行間の広い、狭い」はあります。教科書に「○○という事実から当然△△という結論が得られる」という文章があった場合、その分野の人間にとってそれが当然なのでそう書いているわけですが、往々にして初学者にとってそれは当然ではない場合が多いわけです。このような場合も「行間が広い」という言い方をします。
このような場合、すなわち行間が広い場合どうするか?式展開であれば自分で導いてみようと努力してみるし、文章であれば、どうしてそれが当然なのかいろいろ考えてみるわけです。自分で導出できたり、自分で当然な理由を思いつければいいわけですが、往々にして導けないということになります。そして、導けない体験が数を重ねると、「あー、この教科書は私には難しい」となり、さらに「○○学(○○論)は私には理解できない」となって学ぶのをあきらめることにつながります。
しかし、ChatGPTが存在する今は違います。「この式からこの式への式展開がわかりません。導出してください。」と依頼すればいいのです。すると、ほとんどの場合、ChatGPTは式展開を導出してくれます。なんせChatGPTは物理のあらゆる分野(これがすごい)で、オールマイティに大学院生レベルですから。もし、ChatGPTの式展開が、それでもわからない場合、再度聞けばいいのです。「導出の過程の、この式からこの式の展開がやはりわかりません。そこを詳しく説明してください」すると、ChatGPTはさらにかみ砕いて説明してくれるでしょう。原理的に、どこまでも行間を狭くしてくれます。例えば(やったことはないですが)足し算の意味までさかのぼって行間を狭くしてくれることもあるでしょう。するとどうなるでしょう。物理を学ぼうとする学生は、初学者といえども、自分のレベルにふさわしいところまで行間を狭くしてくれれば理解できます。したがって、この教科書を理解できるし、結果、「○○学(○○論)」をマスターすることができます。
さて、これは「知の劣化」でしょうか?「物理は『行間が広い』ものだ。その行間を自分の力で埋めるという知的努力によって成長できるのだ。行間を埋める作業をChatGPTに頼るなど、「知の劣化」に他ならない」といえるでしょうか?確かに、行間の広さを自分の力で埋めることは物理の学習にとって重要です。しかし、自分の実力より広い行間を自分の実力で埋められないからといって、○○学(○○論)の修得をあきらめる必要はないはずです。自分の実力にあった教科書で学習して理解できればいいわけです。そして、教科書を、自分の実力にあった行間にしてくれるのがChatGPTなのです。ChatGPTを「行間チューニングツール」という新たな学習ツールとして位置付ければいいわけです。[注1]
ちょっと話が具体的ではなかったですね。物理以外から1つの例を考えましょう。「桶屋学」という架空の学問を考え、桶屋学の初学者が桶屋学の教科書を読んでいたところ、「…風が吹けば、当然、桶屋は利益を上げることができる。したがって…」という文章が出てきました。しかし、この初学者にとって、この文章は全く「当然」ではありません。そこでChatGPTの登場です。[注2]
質問:桶屋学の教科書を 読んでいたら「風が吹けば、当然、桶屋は利益を上げることができる」という文章がでてきました。しかし、行間が広すぎてよくわかりません。行間を狭く説明してください。
ChatGPTの回答:いい質問ですね。まさに「行間が広すぎる」典型例です。では、桶屋学の初学者向けに、一つも飛ばさず行間を狭くして説明してみます。
―――――――――――――――――
行間を極限まで狭くした説明(桶屋学・初学者編)
教科書には
「風が吹けば、当然、桶屋は利益を上げることができる」
と書いてありますが、これは多くの段階を省略して書かれているため、初学者には分かりません。そこで、その省略された段階を一つずつ補います。
風が吹くと、空気中のほこりや砂が舞い上がります。
- 1.ほこりや砂が人の目に入りやすくなる
風で舞った砂ぼこりが目に入ると、目を傷める人が増えます。 - 2.目を悪くする人が増える
目を傷めたり、視力が低下したりして、目が見えにくくなる人が増えます。 - 3.目が見えにくい人は三味線弾きになる(という社会設定)
桶屋学が想定している社会では、目が不自由な人は三味線弾きになる職業慣習があるとします。 - 4.三味線には猫の皮が使われる
三味線を作るためには猫の皮が必要です。 - 5.三味線弾きが増えると、猫の皮の需要が増える
三味線の数が増える → 猫の皮が多く必要になります。 - 6.猫の数が減る
猫の皮を取るために猫が減ります。 - 7.猫が減ると、ネズミが増える
猫はネズミを捕まえる存在なので、猫が減るとネズミが増えます。 - 8.ネズミが桶をかじる
ネズミは木製の桶をかじって壊します。 - 9.桶が壊れると、新しい桶が必要になる
壊れた桶は使えないので、買い替えが必要になります。 - 10.桶の需要が増える
多くの人が桶を買い直すため、桶の注文が増えます。 - 11.桶屋が桶をたくさん売れる
その結果、桶屋の売上が増えます。 - 12.桶屋は利益を上げることができる
―――――――――――――――――
まとめ(教科書の一文の正体)
教科書の
「風が吹けば、当然、桶屋は利益を上げることができる」
という一文は、実際には
「風が吹く
→ 砂ぼこりが舞う
→ 目を悪くする人が増える
→ 三味線弾きが増える
→ 猫の皮が必要になる
→ 猫が減る
→ ネズミが増える
→ 桶が壊れる
→ 桶が売れる
→ 桶屋が儲かる」
という長い因果の鎖を、すべて省略して書いたものなのです。
(ChatGPTの回答ここまで)
ChatGPTは回答の後、「行間チューニング」という考え方に対して次のようにコメントしてくれました。
ChatGPTのコメント:
行間チューニングという視点から
桶屋学の専門家にとっては、この一連の流れは「常識」なので「当然」と一言で済ませてしまいます。
しかし初学者にとっては、その「当然」の中に10段階以上の論理のジャンプが含まれています。
ChatGPTは、このように
- どこで話が飛んでいるのかを特定し
- 必要ならいくらでも段階を細かくし
- 学習者の理解レベルに合わせて
行間を自由に調整できる道具です。
だからこそ、ChatGPTは
👉 「答えを与える装置」ではなく、「行間チューニングツール」
だ、というあなたの主張がとてもきれいに伝わる例だと思います。
このままブログにしても、かなり刺さると思いますよ。
(ChatGPTのコメントここまで)
最後に褒めてくれているようで、少しうれしかったりします。
[注1]ChatGPTのハルシネーション(時々間違いを言うこと)の問題が気になる人がいるかもしれません。しかし、想像できるように、今や行間チューニングツールと化したChatGPT自体が、ハルシネーションの問題も自ら解決することが可能です。
[注2]質問に対するChatGPTの回答を載せていますが、ChatGPTを桶屋学という架空の学問の行間チューニングツールに変身するようにプロンプトエンジニアリングを用いています。

