京都光華女子大学 短期大学部 ライフデザイン学科 ニュース 貝紫(かいむらさき)って知っていますか?

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貝紫(かいむらさき)って知っていますか?

こんにちは。ライフデザイン学科教員の青木です。

貝紫」という言葉を耳にしたことはおありでしょうか?
貝紫とは読んで字のごとく「貝で染める紫」のことです。一般的に「天然染料」というと「草木染め」のイメージがありますが、天然染料には植物染料以外に動物染料や鉱物染料もあり、貝紫は動物染料の一種です。
はるか昔から高貴な色として珍重され、「帝王紫」とも呼ばれた富と権力を象徴する色、貝紫を今回はご紹介します。


権力者に愛された魅惑の紫

貝紫はアクキガイ科の巻貝から採れる染料です。オリエント文明の時代、今から3000年以上前に、東地中海沿岸の交易で活躍した海洋民族フェニキア人は地中海産のシリアツブリガイを用いて紫色を染め出していました。その鮮やかで堅牢性に富む紫色は、1つの貝から採れる染料がごくわずかであるという点からも希少価値が高く、古代エジプトやローマ帝国では時の皇帝や貴族が、自身の権力を象徴する色として好んで使用していました。
映画やドラマなどでクレオパトラやシーザーが紫色の衣服をまとっているシーンを目にした方もおられると思います。一説には1gの染料を採るのに約一万個の貝が必要であったとか…。シーザーの紫色のマントを染めるのに何万個の貝が使われたのでしょうね。


貝紫で染めた絹糸。とても美しい紫色に染まります。

ミステリアスな日本の貝紫事情

古代の地中海世界で珍重された貝紫ですが、この地域限定の染料というわけではありません。アクキガイ科の貝は他の地域にも生息していて、例えば中南米でも古くから貝紫の染色文化があり、ペルーでは紀元前1100年頃の貝紫で染められた裂(きれ)が出土しています。
 日本でも佐賀県の吉野ケ里遺跡から出土した絹織物に貝紫の色素が検出され、弥生時代に貝紫での染色が行われていたことがわかっています。また縄文時代の遺跡、大森貝塚からはアクキガイ科のチリメンボラという貝が、貝殻の同じ部位が砕かれた状態で大量に発見されており、縄文時代に貝紫染めが行われていた可能性が指摘されています。
 ただ日本では高貴な紫といえば「紫草」で染める別の紫染め文化が存在し、地中海沿岸地域のような貝紫に関する記述は一切発見されていません。海に囲まれたこの国で、先史時代に貝紫染めが行われていたにも関わらず、その文化は引き継がれず記録さえも残っていない…謎に包まれたわが国の貝紫史、今後の新たな発見を期待したいと思います。


有明海(大分県)から届いたアカニシ。このアカニシは特に大きいです。


貝紫染めのメカニズム

世界の貝紫事情をご紹介したところで、貝紫が染まるしくみを簡単に解説します。
貝紫を染めるアクキガイ科の巻貝には鰓下腺(さいかせん)(別名パープル腺)という内臓組織があり、ここで黄白色のチリインドキシル硫酸塩という物質が作られます。チリインドキシル硫酸塩は酵素の働きでチリインドキシルに変わり、酸素下であれば2つずつどんどん合体していき、チリバージンが生成されます。さらにチリバージンに光が当たるとジブロモインジゴという紫色素が作られます。この紫色素が貝紫の正体であり、光によって美しい紫色に染まります。
染色法には2通りあるのですが、簡単な直接法をご紹介します。まずアカニシやイボニシなどアクキガイ科の生きた貝の鰓下腺の裏側から黄白色のチリインドキシル硫酸塩を取り出し、糸や布に塗りつけます。それを十分に日光に当てるだけです。よく晴れた日であれば10分ほどで次第に紫色に変化して染まります。この方法では大量の糸や布を染めることはできませんが、貝紫の発色の過程がよくわかります。
貝紫ならではの鮮やかな美しい紫色、機会があれば是非お試しいただきたいのですが、元が貝の内臓だけに、紫色に発色するときのニオイはかなりきつく、ハエも寄ってきます。染めたものの量が多ければ多いほどニオイも強烈ですし、染色したあともニオイがなくなるのにはかなり時間がかかります。美しい色を得るためには手間と時間がかかるのです・・・。



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