京都光華女子大学 短期大学部 ライフデザイン学科 ニュース 百万人の草木染め論その2「草木染めの色はなぜやさしいの?」

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百万人の草木染め論その2「草木染めの色はなぜやさしいの?」

こんにちは。ライフデザイン学科教員の青木です。

さて、勝手に始めている「百万人の草木染め論」、今回はその2。草木で染まる色についてです。
草木染めの色ってやさしいですよね」
とてもうれしくありがたいお言葉。これも天然染料の染め工房を営んでいて頂戴するご感想のひとつです。
天然染料と合成染料の「染料」としての性質は根源的には同じだ、と先月の最後にお伝えしました。ただこれはとても荒っぽいお話しです。やはりそれぞれは違うものですし、合成染料の中でも詳しくみるとその種類によって染色メカニズムはかなり違います。と言いながらそのあたりの詳細な解説をするだけで専門書1冊分のテキスト量を優に超えてしまいます。また筆者はその筋の専門ではありませんので、今回は天然染料と合成染料の違いに焦点を当てて簡単にご紹介しようと思います。

草木の色はなぜやさしい?

先ほどの「草木染めの色はやさしい」という言葉。この裏には合成染料の色はやさしくない、という反意があるのでしょう。色のやさしさとは何か?この色彩工学的な命題を取り上げてちゃんと解説しだすとこちらも何万字に及ぶ論文になりそうです。ここではその中からひとつの現象を例にとります。すなわち様々な色が混ざり濁ると、時に「やさしい」と私たちは感じるようなのです。

インド茜に含まれている色素の一つにプルプリンという物質があります。このプルプリンだけで染めるととても鮮やかな、びっくりするような赤に仕上がります。
ですがインド茜で染めるとどんなに頑張ってもやはり“やさしい”赤に仕上がってしまいます。先月お話しした通り天然染料には少なく見積もっても数十種類以上の色素が入っていそうです。
インド茜もおそらくそうなのでしょう。それぞれの色素自体はとても鮮やかでもそれらが混じると、画家が原色の絵の具を混ぜて複雑な色を作るように濁った色になるのでしょう。そしてその濁り具合がたまたま丁度良い時に、私たちの眼と脳に「やさしい」と映るのだろうと思うのです。

片や合成染料は人間が作為を持って一種類の物質を頑張って作ります。ですから出来上がった色素も1種類。そうすれば色は濁りようがありません。
これを「あざやか」と思う時もあれば尖りすぎていてやさしくないと感じる時もあるのでしょうね。


絹は草木で染めるのにうってつけ

変わって今度は染まる側である綿と絹の違いのお話を簡単に。
絹はフィブロインというたんぱく質でできています。フィブロインは非常にバリエーション豊かなたんぱく質。なにせ10種類以上のアミノ酸が数珠つなぎに並んでいますので。
ですが綿の主成分であるセルロースという物質はとても単調。こちらはブドウ糖という1種類のものがずらっと並んだだけです。バリエーション豊かな物質でできた絹は色素とくっつくための手や場所も多くの種類があるのでしょう。染色すると綿より絹の方が明らかに色濃く染まり、色落ちもし難く仕上がります。

右が絹で左は綿 インド茜を使い全く同条件で染めた色です

この絹と綿の仕上がりの優劣は合成染料でも同じでした。ですが1956年に開発された「反応染料」によって状況ががらりと変わります。反応染料は画期的な合成染料。全く違う次元(そう、次元が違います)の染色メカニズムで、それまで染まり難かった綿をしっかり色落ち難く染めてくれます。この染料が広まったおかげで、綿は突如染まり易く色落ちし難い素材に躍り出て現在に至るのです。

ですがこの反応染料、絹にはあまり染まりません。絹を染める際に主に使う酸性染料という合成染料も優秀ですが反応染料のような異次元の染料ではないので、時間と手間をかければ天然染料でも色落ち難さでなんとか対抗できるものがあります。絹素材の文化がしっかり残っている和装の世界であれば、値段は張るかもしれませんがきちんと染めてあげれば草木染めもまだまだそのやさしい色目を皆さんにお愉しみ頂くことが可能です。

最後にひとつ。色の堅牢度には洗濯強さと日焼け強さがありまして、両者は全く性質が違います。先ほどまで言っていた色落ち難さは主に洗濯強さです。
ただ、日焼け強さも草木の使い方と染め方で絹を染める反応染料には匹敵するものができそうで筆者も研究中です。なにせ正倉院には1200年も前に染められた色が今も彩りよく残っていて、少なくとも上代の染め師はその手法を知っていたはずですから。


本当はもっと長々と詳しくお話ししたいのですが紙面の都合上この辺で・・・。
次回は「草木染め論」最終回。そもそも草木染めって誰が言い出したの?という紹介です。

◆「百万人の草木染め論その1」はこちらからどうぞ
◆「百万人の草木染め論その3」はこちらからどうぞ