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百万人の草木染め論 その1

こんにちは。ライフデザイン学科教員の青木です。

春休みで今は授業が無いので、ちょっとしばらくは私の研究分野である「草木染め」について解説しようと思います。
・・・ということで、まずはその1です。

昔は全てが“草木染め”だった!

私たちの身の回りにある和服や洋服といった現代の繊維製品はたいてい合成染料化学染料とも言います)で染められています。ですが、この合成染料はそれほど歴史の古いものではありません。1856年のロンドンで18歳の若き有能な化学者ウィリアム・パーキンによって発明されたモーブという紫色のアニリン染料・・・アパートの片隅で起こった170年前のこの大発見から合成染料の快進撃が始まるのですが、逆に言えば、これ以前は世界中どこも染色といえば全て草木染めでした。

では、私たちはいつごろから草木で染めていたのでしょうか?

現在わかっている最も古い染められた繊維は、コーカサス地方のジョージア共和国にあるジュジュアナ渓谷で発見された、約3万年前の麻素材です。染めに使用した草木と色は明らかにはなっていませんが、この奇跡とも言える考古学的発見によって、私たち人類は少なくとも後期旧石器時代の昔からどうも既に草木染めをしていたらしい、ということがわかっています。私たちの祖先がなぜ草木染めを始めたのかはわかりません。ですが、なぜ草木で染まるのか、というのは理科で説明ができそうです。

“染まる”ってどういうこと?

中学校の時に習った「分子(ぶんし)」という言葉、覚えていますか? 分子とは、その物質の性質を兼ね備えた、一番小さなモノのことです(もちろん顕微鏡などでは見えない、とても小さいものです)。
この分子の形が細長くてしなやかだと、それらがたくさん集まってできた物質も細くてしなやかになります。そうやってできた物質が「繊維」です。絹や綿や毛といった繊維状の物質は全て、細長くてしなやかな分子でできているのです(実際に見えるわけではないですけど)。そしてこれら繊維の細長い分子は、たくさんの「手」を持っています。この手は、他の物質の手とくっつく性質を持っています。

世の中には他にもいろんな形や性質の分子がいます。色々な種類の分子から、

①色を持っている
②水に溶ける
③手を持っている

という3つの性質を兼ね備えた分子を連れてきましょう。そしてこの分子と、先ほどの繊維の分子を同じ水の中に入れて動かしてみましょう。すると、この分子がたまたま繊維の分子の近くに来ると、この分子の手と繊維の分子の手がくっつきます。これが「染色」です。



3つの性質を持っていればなんでも染料

さきほどの、
①色を持っている
②水に溶ける
③手を持っている
という3つの性質を持った分子で出来た物質が「染料」です。

実は、
これら3つの性質ははそれほど珍しくありません。3つとも兼ね備えているとなるともちろん少しは珍しいですが、おそらく小学校でいう「クラスで一番!」くらいの存在確率程度ではないでしょうか(かなりいい加減ですがそれほど的外れでもないと思います)。

ところで、私たちの身近に茂る植物たちは私たちが考えるよりずっと高等な生物です。なにせ何億年もかけて進化してきたのですから。彼らはとてもたくさんの種類の物質で出来ている(高等生物であれば優に万単位以上です)ので、何万種類もの物質を持っていれば、「クラスで一番」程度の物質は、おそらくどんなに少なくても数十種類以上はあるでしょう。
すなわち、どんな植物でもそのカラダをコトコト煮込めば、この3つの性質をもった物質が何十種類も出てきて、そこに繊維を入れれば自然と染まってしまうのです。はるか昔、先人はこのことに偶然気づいて、草木染めという偉大な仕事を始めたのでしょう。

いっぽう、化学の英知を総動員して人工的にこの3つの性質を兼ね備える物質を作ったものが合成染料です。
とってもざっくりとした言い方ですが、天然染料合成染料も、その根源的な性質は同じです。とはいえ、天然染料合成染料は違う点もいろいろとあります。次回はこの2つの違いについてお話ししようと思います。

◆「百万人の草木染め論その2 ~草木染めの色はなぜやさしいの?」はこちらからどうぞ!
◆「百万人の草木染め論その3 ~『草木染め』は誰が言い始めたの?」はこちらからどうぞ