皆さんは、外出先で大変な目にあったら「もう家に帰りたい!」と思ったことはありますか?でも待ってください。帰宅途中にもっと大変な目に遭う可能性を、無意識に無視していませんか?
夏の夕立なんてそうですね。傘も持っていないし、ずぶ濡れにはなりたくないし……わたしは大学〜バス停間はなんとかいけるのですが、バス停を降りて家までとなるとちょっと現実的ではないんです。「早く家に帰りたい!」けれど濡れたくないし……そんなときのオアシス(?)となるのが、バス停近くにある某家電量販店。時間つぶしにあれこれ見て回って……あっ、これ前から気になってたやつだ……雨が上がって店を出る頃には、なぜか袋が一つ手に下がっているサトウですこんにちは。ある意味災難!
私が衝動買いをするのは大した災難ではありませんが(?)、あのとき一番よかったのは「雨が上がるまで待機する」という判断だったと思っています。このように「待つ」という選択が、災害のときには特に重要になる場面があります。今回は「帰宅困難」をテーマに、私たちの脳が起こす判断のエラー(ヒューリスティック)と、いざというときに「待つ」という選択を正しくできるようになるための考え方を解説します。
- 「被災したらまず家に帰ろう」と思っている方
- 外出先で待機することへの不安がある方
- 「待つ判断」を自分でできるようになりたい方
災害時は「むやみに移動を開始しない」が推奨
「大きな地震が来たら、とにかく家に帰ろう」と思っていませんか?これは、場合によっては非常に危険な判断です。
東日本大震災のとき、首都圏では約515万人が帰宅困難者になったと推計されています(内閣府, 2012)。この人たちが一斉に徒歩帰宅を試みたことで、各所で大混雑が発生しました。今後の発生が懸念される首都直下地震で同様の事態となれば、救急車や消防車の通行が妨げられ、救助活動が遅れる可能性があります。そのため、国や自治体は発災直後は「むやみに移動を開始しない」ことを推奨しています。
ちなみに、首都直下地震を想定したシナリオでは、移動距離が10kmを超えると帰宅困難者が発生し始め、20kmを超えると全員が帰宅困難者と見なされます(内閣府, 2021)。この記事を読んでいる皆さん、いま地図アプリを開いて、職場や学校、よく行く場所から自宅まで何kmあるか調べてみてください。20kmを超えていたら、そこから徒歩で帰宅するのはかなり難しいと言えます。
「帰りたい」は本能。でも、それが命取りになることがある
外出先で大きな揺れに襲われたとき、人間がまず感じるのは「家に帰りたい」という衝動です。これは決して不合理ではありません。家族の安否が心配、自分の荷物が心配、慣れた場所にいたい。すべて自然な感情です。
ところが、この「帰りたい」という感情が冷静な判断を上書きしてしまうことがあります。
行動経済学には「感情ヒューリスティック」という概念があります。感情が高まっているとき、人間はリスク評価を正確に行えなくなり、「今すぐ行動すること」に強く引き寄せられます(Slovic et al., 2004)。つまり「危ないかもしれないけど帰ろう」という判断は、冷静さを欠いた感情的反応である可能性が高いのです。気持ちはわかりますが、その行動が道路を塞ぎ、自分も疲弊し、場合によっては二次被害に遭うリスクを高めます。
「むやみに移動しない」の正しい意味
なぜ国や自治体が「むやみに移動しない」と言っているのでしょうか。その理由は2つあります。
大勢が一斉に徒歩で移動すると、道路が塞がれ緊急車両が通れなくなります。救助が必要な人への対応が遅れることが、最も深刻な問題です。
大規模地震直後の道路は、余震・火災・建物倒壊・断線した電線・液状化した地面など、目に見えない危険だらけです。「とにかく帰ろう」と歩き出すことで、二次被害に遭うリスクが跳ね上がります。
目安として、発災から少なくとも数時間〜半日は移動を控えることが推奨されています。大規模災害の場合は3日程度の待機が呼びかけられることもあります(東京都, 2023)。
家に帰れず被災した場所に留まっているとき、何も持っていないと不安ですよね。食べ物は?水は?トイレは?──そこで活躍するのが「防災ポーチ」です。「外出先で被災したとき、モノは何を持っているか」という備えについては、以前の記事でお話しました。
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でも今日はその一歩先の話です。モノが揃っていたとして、あなたは「どう動くか」を決められますか?
「帰るか・待つか」を判断する3つの基準
では、具体的にいつ動いていいのでしょうか。以下の3つの基準をすべて満たしたときが、移動開始のタイミングです。
大きな余震が続いている間は動かないことが原則です。倒壊寸前の建物が余震で崩れるのはよくあることです。揺れが小さくなり、間隔が長くなってから移動を検討しましょう。
「なんとなく大丈夫そう」では不十分です。ラジオやスマホ(NHKニュース・自治体アプリなど)で通行止め・火災・倒壊情報を確認してから動きましょう。情報がないまま動き出すのは避けた方が無難です。
20km以上を徒歩で移動する場合、水・食料・歩きやすい靴が最低限必要です。体力が消耗した状態で長距離を歩くことは、低体温・脱水・転倒など新たなリスクを生みます。「今の自分に歩けるか」を冷静に判断しましょう。
待機中に「何もしない」は一番つらい
「待つ」ことを決めたとき、何もせずにただ時間が過ぎるのを待つのは、思っている以上に精神的に消耗します。
内閣府の調査(2012)では、首都直下地震を想定した設問において、回答者の約2割が「家族の安否が確認できなければ、すぐに自宅へ徒歩で帰宅しようとすると思う」と答えており、家族との安否確認が一斉帰宅の動機となりやすいことが示されています。逆に言えば、この不安を解消できれば、待機の辛さはかなり和らぎます。
待機中にやるべきことは3つです。
まず家族への安否確認を試みましょう。ただし、発災直後は電話回線が集中して繋がりにくくなります。何度もかけ続けると、より緊急性の高い通話(救助要請など)の妨げになります。災害用伝言ダイヤル171やLINEなどを活用し、「一度送ったら返信を待つ」スタンスを取りましょう。
SNSには災害時にデマなど誤情報が大量に流れます。情報源はNHKラジオ・NHKニュースサイト・自治体公式サイトに絞りましょう。スマホのバッテリーを節約するためにも、情報収集は定期的にまとめて行い、その間は機内モードにしておくのが有効です。
待機場所の建物に亀裂・傾き・異臭がないか確認しましょう。非常口の場所も把握しておきます。できれば周囲の人と声をかけ合うなど、共助の体制を整えておくのもおすすめです。
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帰宅を開始するときの歩き方
3つの基準が揃い、動き出すと決めたら、以下を意識してください。
- 広い道路を選ぶ(狭い路地は建物倒壊の巻き添えリスクが高い)
- ビルの真下・ブロック塀の横を歩かない(外壁タイル・塀の崩落)
- 川・崖・斜面の近くを避ける(地盤崩壊・増水リスク)
- 夜間の移動はできるだけ避ける(危険箇所が見えにくい)
20kmを一気に歩こうとしないことが大切です。1時間に4km程度のペースで歩いても5時間かかります。途中で休める場所(公共施設・コンビニ・公園)を見つけたら、適宜休憩を取りながら進みましょう。
コンビニエンスストアなどは「災害時帰宅支援ステーション」に指定されていることもあり、水やトイレの提供を受けられる場合があります。普段よく行く店舗が指定されているか、事前に確認しておきましょう。
参考(京都市の例):京都市帰宅支援サイト「災害時帰宅支援ステーション・公衆トイレ・Wi-Fiスポット」

「帰宅計画」を今日から作ろう
大事なのは、被災した後に考え始めるのではなく、被災する前に考えておくことです。今日の帰り道、この4つを考えてみてください。
まとめ
- 「帰りたい」という感情は自然だが、感情ヒューリスティックによって冷静な判断が妨げられることがある
- 「むやみに移動しない」=感情ではなく、情報と体力で判断してから動く
- 帰宅開始の3条件:余震が落ち着いた・安全情報が得られた・体力が十分ある
- 待機中は安否確認・情報収集・周囲の安全確認の3つに集中する
- 「帰宅計画」は今日の帰り道に5分考えるだけでできる
「感情で動かない」は冷たい話ではありません。むしろ、大切な人のもとへ安全にたどり着くために「待てる自分」を作っておくことが、本当の備えです。
「ちょっと防災」、今日から始めてみてください。
このブログは、学生や地域の皆様が防災の基本を体系的に学べる「オンライン防災教本」を目指して、本学教員である筆者の研究・教育成果に基づき作成しています。
実際の災害時は現場の状況に応じた柔軟な判断が求められます。記事に含まれる情報の活用は読者の皆様の判断と責任において行っていただきますようお願い申し上げます。また、記事の内容は大学の公式な見解や推奨を意味するものではありません。なお、記事に含みうる誤りに関する一切の責任は筆者に帰属します。
- 内閣府(防災担当)/首都直下地震帰宅困難者等対策協議会事務局(2012)「帰宅困難者対策の実態調査結果について〜3月11日の対応とその後の取組〜」
- 内閣府 首都直下地震帰宅困難者等対策検討委員会(2021)「帰宅困難者等対策に係るこれまでの取組と今後の検討の方向性について」
- 東京都(2023)「帰宅困難者対策ハンドブック」
- Slovic, P., Finucane, M. L., Peters, E., & MacGregor, D. G. (2004). Risk as analysis and risk as feelings: Some thoughts about affect, reason, risk, and rationality. Risk Analysis, 24(2), 311–322.
