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2024.02.22 教員ブログ魚を情報デザインする(9) 「サケ目からアユがいなくなった」
こんにちは!
情報分野担当の辻野です。
情報デザインは,情報を相手にとって分かりやすく整理して伝えるための方法です。整理する基準には,名前,時間・日付,場所,カテゴリー,階層などがあります。
生物の「分類」が,この「カテゴリー」にあたります。
1.リンネという人
みなさんは,「リンネ(C. Linneus)」という人の名前を聞いたことがあるでしょうか?
18世紀の生物学者で,現在も使われている次の二つを体系化(1)した人です。
- 階層型分類
- 二名法
階層型分類
簡単にいうと,「分類」は生物の階層的なグループ分けです。グループ分けの基準は,生物の類縁関係(系統関係)です。
分類の階層は,上から界門綱目科属種が基本です。例えば,「サケ(シロザケ)」は動物界,脊索動物門,硬骨魚綱,サケ目,サケ科,サケ属の魚です。
より細かく分類するために,階層の間に分類項目を追加することがあります。例えば,綱と目の間に追加するのは「上目」,目と科の間に追加するのは「亜目」です。
分類は,生物の系統関係をどのように理解しているかを表しています。
2名法
学名は,生物を一意的に示す世界共通の名前です。リンネが,生物の属名と種小名を組み合わせて使うことを体系化しました。
スーパーや百貨店の鮮魚売り場で「アトランティックサーモン」と呼ばれている魚の学名は次のように書きます。
Salmo salar
Salmoが属名で,salarがその下位のカテゴリーの種小名で,斜体を使います。また,次のように命名者と命名年を付記することができます。
Salmo salar Linnaeus, 1758
命名者のLinnaeusはリンネのラテン語名です。これで,リンネが1758年に命名したことが分かります。学名は,帰属する分類が変わった結果,変更する場合があります。
ちなみに,日本語の名称が「和名」で,学名の代わりに使う日本語の名称を「標準和名」といいます。
本ブログでは,話を分かりやすくするために,日本産の魚に限って話を進めます。
2.アユの分類が変わっていた
今回のブログの主人公(魚)の一匹目は,「アユ」です。漢字では「鮎」という字が当てられます。学名は、Plecoglosus altivelis altivelis です。最後の「altivelis」は亜種名です。亜種は、種の下の階層です。
図1 アユ
アユは,東アジアに広く分布していますが,環境の変化などによって次第に数を減らしています。日本では,各地で準絶滅危惧種に指定されています。
教員ブログで「魚の情報デザイン」を書き始めてから,ずっと気になっていたことがあります。
私が学生の頃(約40年前)の記憶では,確かアユはサケ目の魚でした…。ところが現在の分類では,アユはサケ目ではなくキュウリウオ目に含まれています。
なんで???
可能性が3つ浮かびました。
① アユが変わった(進化した!)
② 分類が変わった(アユの研究が進んだ!)
③ 私の記憶違い(ちょっと心配!)
①から順番に検証しましょう。
生きものはポケモン(2)のように急に進化することができません。進化の時間軸では,「万年」という単位を使います。
次に②について検討します。
私の本棚に,学生の時に買った「日本産魚類大図鑑」(3)という図鑑があります。1984年発行の古い図鑑です。この図鑑によると日本産のサケ目には,サケ亜目,ニギス亜目,セキトリイワシ亜目,ワニトカゲギス亜目が含まれます。そしてサケ亜目には,キュウリウオ科,アユ科,シラウオ科,サケ科が含まれます。図にすると図2のようになります。サケ目にはもっと多くの魚が含まれますが,話を簡単にするために省略しています。
この図を見るとアユはサケ目の魚で,「③ 私の記憶違い」という厳しい現実ではありませんでした。
次に最近の分類を調べてみます。2016年に出版された「Fishes of the World」の第5版(4)では,サケ目はサケ科だけになっていました。その代わり,セキトリイワシ亜目・ニギス亜目・ワニトカゲギス亜目の3つの亜目が目に昇格しました。さらに,キュウリウオ科,アユ科,シラウオ科がまとまってキュウリウオ目を構成しています。つまり,サケ目から4つの目が独立したのです。これを図3に表しました。
図3 サケ目(「Fishes of the World」第5版)
つまり,次の表のように変わっていました。
なぜこんなことが起きたのでしょうか?
サケの特徴のひとつに,背鰭(せびれ)と尾鰭(おびれ)の間にある脂鰭(あぶらびれ)があります。アユにも脂鰭があり,その他にも共通点があるためサケの仲間と考えられていました。ところが,遺伝子を比較すると,他人のそら似であることが分かったのです。
分類は,生物の類縁関係を研究した結果を,階層に整理をして表現したものです。研究が進んで類縁関係に変更が加わると分類も変わります。
リンネの時代の分類の基準は,外見や体内の構造といった「形態」や,生息場所・餌・繁殖方法といった「生態」の情報でした。科学の進歩によって生物の遺伝情報を解読することができ,今では遺伝子(DNA塩基配列)を比較してどれくらい類縁関係を計算できるようになりました。これによって,不明であった類縁関係が判明した,今までの類縁関係が間違っていた(他人のそら似だった)ということが起きます。
3.ニジマスの学名が変わっていた
主人公の二匹目は「ニジマス」です。英語では Rainbow trout です。虹(rainbow)の鱒(trout)なので,日本語と英語は同じ意味ですね。
1984年発行の「日本産魚類大図鑑」には,「ニジマス」の学名は,Salmo gairdneriと書かれています。ところが現在ではOncorhynchus mykiss のように属名と種小名の両方が変更されています(5)。
1792年にある学者が,カムチャッカトラウトの学名をSalmo mykiss と命名しました。別の学者が,1836年に北米のニジマスの学名を Salmo gairdneri と命名しました。のちにこの二種が同じということが分かったことと,ニジマスが帰属する分類の「属」がSalmo (タイセイヨウサケ属)から Oncorhynchus (サケ属)に変わったために,Oncorhynchus mykiss になりました(5)。学名は変わりましたが,標準和名は変わりませんでした(6)。
4.「メダカ」も変ってた
みなさんは,「メダカ」という魚をご存じでしょうか?
私が学生の頃は,日本に生息する「メダカ」は1種で,学名は Oryzias latipes でしたが,遺伝的に異なる2つの集団が生息していることが知られていました(7)。
遺伝子の研究が進み, Oryzias latipes と Oryzias sakaizumii の2種に分けられました(8,)。後にOryzias latipes の標準和名が「メダカ」が「ミナミメダカ」に変更され,Oryzias sakaizumii は新たに「キタノメダカ」と名付けられました(8, 9, 10)。
研究が進んだ結果,それまで別々の種であると考えられていた魚が,実は同じ魚であったことが分かって学名が変更される場合があります。メスとオスで色や形が異なっている場合や,幼魚と成魚で色や形が異なっている場合におきます。
5.今までに書いたブログ
今までに私が書いた記事へのリンクを挙げておきます。
第1回:「タラの食べ方」
第2回:「魚の卵の使い方」
第3回:「お寿司のネタと生物学」
第4回:「サーモンってどんな魚?」
第5回:「お寿司の組立図」
第6回:「イクラの生物学」
第7回:「サーモンはメスの方が大切」
第8回:「魚卵でお正月!」
興味がある方はぜひご覧ください。
使った画像
- 魚,人物:いらすとや,https://www.irasutoya.com/
- 図,表:PowerPointで自作
参考資料
(1) リンネ著,「自然の体系」第10版,(1758)
(2) 株式会社ポケモン,ポケットモンスターオフィシャルサイト,https://www.pokemon.co.jp/ ,2024年2月16日閲覧
(3) 益田一,尼岡邦夫,荒賀忠一,上野輝彌,吉野哲夫編,「日本産魚類大図鑑」,東海大学出版会,1984年
(4) J. S. Nelson, T. C. Grande, M. V. H. Wilson,「Fishes of the World 5th Edition」,John Wiley & Son, 2016
(5) 井田齊,奥山文弥著,「改訂新版 サケマス・イワナのわかる本」,山と渓谷社,2017年
(6) 日本魚類学会,「魚類の標準和名の命名ガイドライン」,https://www.fish-isj.jp/iin/standname/guideline/index.html ,2020年
(7) 江上信雄・山上健次郎・嶋昭紘著,「メダカの生物学」,東京大学出版会,1990年
(8) 日本魚類学会編,「魚類学の百科事典」,丸善出版,2018年
(9) 神奈川県立生命の星・地球博物館,「2種の“メダカ”の標準和名がミナミメダカとキタノメダカになりました!」,https://nh.kanagawa-museum.jp/www/contents/1607674185876/index.html ,2024年2月15日閲覧
(10) 世界淡水魚水族館 アクア・トトぎふ,キタノメダカ,ミナミメダカの展示,https://aquatotto.com/about/news/detail.php?p=13292 ,2024年2月15日閲覧