突然ですが、こんな状況を想像してみてください。
夜中の1時に震度7の揺れ。壁にひびが入った。ガラスが割れた。余震が来るたびに、家がギシギシ言う。避難所の体育館に行けば、見知らぬ人と雑魚寝。また揺れたら逃げられない…
「だったら車の方がいい」。そう思いますよね。わたしも正直、同じ判断をすると思います。
熊本地震でまさにそれが起きました。避難を経験した人の約7割が車中泊を選んだのです。問題は、その判断が間違っていたわけではなかったこと。「車中泊になったときの危険を、誰も知らなかった」ことにありました。
- 車で避難することを想定している方
- 「エコノミークラス症候群」という言葉は知っているが、詳しくは知らない方
- 次の地震に備えて、車に何を積んでおくか考えたい方
なぜ車中泊避難は大量発生したのか
熊本地震は前震(4月14日)の翌日に本震(4月16日)が来るという、観測史上きわめて異例のパターンで発生しました。そして余震は終わりませんでした。12月末までに4,209回、震度6弱以上だけで7回(出典:気象庁)。約2時間に1回のペースで地面が揺れ続けました。
この状況で「建物の中に入る」判断がどれだけ怖いか。壁にひびが入り、床が傾き、「次の揺れで崩れるかもしれない」——屋外や車を選びたくなるのは当然です。
熊本産業展示場(グランメッセ熊本)の駐車場には、町が避難所に指定していなかったにもかかわらず約10,000人が押し寄せました(出典:益城町震災記録誌)。スーパーの駐車場、自宅の敷地、畑…どこにでも車が並びました。熊本県のアンケートでは、避難経験者の約7割が車中泊を経験したと回答しています(出典:内閣府「平成28年熊本地震における車中泊の状況について」)。
車中泊にはメリットがあります。プライバシーが守られる、余震があればすぐ逃げられる、ペットと一緒にいられる。一般の避難所に入れなかった理由は人それぞれで、どれも理解できるものでした。
ただ、車中泊ならではのリスクを知らなかった人たちが、命を落としました。
エコノミークラス症候群:「動かないこと」が死を招く
エコノミークラス症候群の正式名称は「静脈血栓塞栓症(VTE)」です。長時間同じ姿勢でいることで足の静脈に血栓(血の塊)ができ、それが肺の血管を詰まらせて呼吸困難や突然死を引き起こします。
名前の由来は飛行機のエコノミークラスですが、車の座席でも、避難所の床でも同じことが起きます。
車中泊で特に発症しやすい理由は2つあります。
普通乗用車の前席を倒しても、足が完全に伸びない状態が続きます。ふくらはぎの筋肉が動かないと静脈の血流が滞り、血栓ができやすくなります。
車内にトイレはありません。外のトイレに行くのが面倒で、水分摂取を控える人が多い。脱水になると血液が濃くなり、さらに固まりやすくなります。
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熊本地震では、災害関連死者数228人のうち、少なくとも60人以上が車中泊を経験していたとの報告もあります(ウェザーニュース, 2018)。ここで重要なのは、発症者の多くが被災前は健康だった方々だったことです。「自分は大丈夫」は通用しません。「正常性バイアス」あるいは「楽観バイアス」に囚われることなく、命を落とさないよう各自での対策が求められます。
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「見えない避難者」:支援が届かない問題
車中泊避難のもうひとつの問題は、支援の目から外れやすいことです。指定避難所には医師、看護師、保健師など多くの専門職の方(DMAT:Disaster Medical Assistance Team など)が巡回します。物資が届きます。しかし、駐車場や自宅の敷地で車中泊している人には、アクセスすることが困難な場合があります。
熊本地震では、どこにどれだけの人が避難しているかすら把握できない状態が続き、課題として挙げられました。「見えない避難者」への支援をどう届けるかは、今なお全国の自治体の課題です。
やむを得ず車中泊になったとき:今日から使える予防策
車中泊を「するな」ということではありません。余震が怖くて屋外にいたい、避難所がいっぱい、ペットがいる…そういう状況は十分ありえます。大事なのは、リスクを知ったうえで対策をとることです。
1〜2時間ごとに車の外に出て、5分以上歩きましょう。これだけで血流が改善し、血栓リスクが大幅に下がります(出典:厚生労働省「エコノミークラス症候群の予防のために」)。夜中は面倒ですが、アラームをかけてでも実行してください。特に発症リスクが高い発災直後の数日間が最も重要です。
車内でできることもあります。足首をぐるぐる回す・足の指でグーパーを繰り返す・ふくらはぎをマッサージする。これらは座ったままできます。
「トイレに行くのが面倒だから水を飲まない」が最も危険です。1日1リットルを目安にこまめに飲んでください。アルコールは脱水を促進するため、被災中の飲酒は厳禁です。
車内に携帯トイレを備えておくことが最善策です。1セットあるだけで「水を控えなければ」という心理が消えます。
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着圧ソックス(弾性ストッキング)は足の静脈を締めてポンプ機能を助け、血栓の形成を抑えます。ドラッグストアで1,000〜2,000円程度。車のグローブボックスに1足入れておくだけで、いざというときに使えます。
片足だけがむくむ・痛い・熱を持つ、突然の胸の痛み・息切れ・動悸…これらは要注意です。「避難中だから我慢する」は絶対にしないでください。発症後に歩き始めた瞬間に症状が悪化することがあります。すぐに119番を。
エコノミークラス症候群だけ気をつけていればいいのか?
車中泊が原因で引き起こされる病気といえば、エコノミークラス症候群を挙げる方が多いです。しかし、車中泊時にはこれだけ気をつけていれば良い、という訳ではなく、「肺炎」も同じく車中泊が原因となって引き起こされる可能性があります。実はエコノミークラス症候群よりも死亡要因として高いとの指摘もあり(榛沢, 2018)、高齢者の方、病気がちな方およびその家族の方は車中泊での避難に一層の注意を払う必要があります。
参考:榛沢和彦(2018).「災害後の車中泊関連死亡を0に」(新潟市医師会:新潟市医師会報より)
まとめ
- 熊本地震では避難経験者の約7割が車中泊。余震への恐怖から合理的な選択だったが、リスクを知る人が少なかった
- エコノミークラス症候群は「長時間同じ姿勢 or 脱水」で起きる。健康な人でも発症する
- 熊本地震の関連死228人のうち、少なくとも60人以上が車中泊を経験していた
- 車中泊避難者は「見えない避難者」になりやすく、支援が届きにくい
- 予防の基本は「1〜2時間ごとに外を歩く」「水をしっかり飲む」「携帯トイレを備える」
次の買い物のときに、携帯トイレを1セット購入して車のトランクに入れておきましょう。「水を控えなければ」という心理がなくなるだけで、車中泊時の最大リスクをひとつ潰せます。数百円でできる、今すぐの備えです。
「ちょっと防災」、今日から始めてみてください。
本記事の執筆にあたり、熊本県益城町様に多数の写真をご提供頂きました。この場を借りまして感謝申し上げます。
このブログは、学生や地域の皆様が防災の基本を体系的に学べる「オンライン防災教本」を目指して、本学教員である筆者の研究・教育成果に基づき作成しています。
実際の災害時は現場の状況に応じた柔軟な判断が求められます。記事に含まれる情報の活用は読者の皆様の判断と責任において行っていただきますようお願い申し上げます。また、記事の内容は大学の公式な見解や推奨を意味するものではありません。なお、記事に含みうる誤りに関する一切の責任は筆者に帰属します。
- 益城町(2020).「平成28年熊本地震 益城町震災記録誌」令和2年4月.
- 熊本県(2023).「平成28年熊本地震における車中泊の状況について」(避難生活の環境変化に対応した支援の実施に関する検討会 第4回資料).
- 内閣府(令和5年).「災害関連死事例集(増補版)」
- 厚生労働省「エコノミークラス症候群の予防のために」
- 榛沢和彦(2018).「災害後の車中泊関連死亡を0に」(新潟市医師会:新潟市医師会報より).

