2026.06.05 ぼうさいらぼ

なぜ水害で人は逃げようと判断しないのか:正常性バイアス・同調バイアスが命取りになる理由

なぜ水害で人は逃げようと判断しないのか:濁流が流れる河川を背景に、驚愕した表情で額に手を当てる男性の写真。中央に「なぜ」「逃げない」の大見出しと、「正常性バイアス・同調バイアスが命取りになる理由」のサブテキストが重ねられた記事サムネイル。

水害で逃げ遅れる人には「共通点」があります。警報が出ていたにもかかわらず多くの人が動かなかった背景には、情報不足ではなく心理的な「ブレーキ」があります。正常性バイアス・同調バイアス・オオカミ少年効果・楽観バイアスの”認知バイアス”4つのパターンを知り、今日から「逃げる判断」を準備しておきましょう。

「はぐれメタルAは にげだした!」ゲーム『ドラゴンクエスト』シリーズを遊んだ方なら何回も見たであろうこの表示。経験値をたくさん稼げるモンスターをギリギリ仕留め損ねた悔しさは計り知れないですよね。どうせ逃げるんなら最初から逃げんかい、そもそもお前は群れからはぐれてるからはぐれメタルとちゃうんかい、なんでグループで現れて全員逃げとんねん、とそのたびに毒づくサトウですこんにちは。サトウは どくのきりを はきだした!

サトウ的には、はぐれメタルが逃げるタイミングは納得できないことも多いですが(?)、水害のときには「なるべく早めに行動、なるべく早めに逃げる」一択です。私の毒でやられないように、この記事で水害時の心理メカニズムと、今日からできる「逃げる判断」の準備を一緒にやっていきましょう。

この記事でわかること
こんな人におすすめ!
  • 「大雨のとき、自分はちゃんと逃げられるか」不安な方
  • 警戒レベルが出ても、なんとなく様子見してしまう方
  • 水害リスクのある地域に住んでいる方

まず知っておこう:水害の「逃げ遅れ」とは何か

水害による死者の多くは、逃げるタイミングを逃したことによる「溺死」です。そしてほとんどのケースで、「警報が出ていた」という事実があります。情報は届いていたけれど、人は動きませんでした。

平成30年7月豪雨(西日本豪雨)では、被害が集中した広島・岡山・愛媛3県の死者のうち、60代以上が約7割を占めました(内閣府「平成30年7月豪雨による水害・土砂災害からの避難に関するワーキンググループ」第1回資料, 2018)。とりわけ被害が甚大だった岡山県倉敷市真備町では「犠牲者のほとんどが、非流出家屋の屋内で遭難した可能性がある」と指摘されています(牛山, 2018)。家が流されたのではなく、家の中にいたまま水に飲まれた可能性が高いということです。

さらに、避難勧告が発令された地区の住民を対象にしたアンケート調査では、水平避難(避難所などへの避難)をした住民は広島県7%、岡山県6%、愛媛県4%にとどまり、7〜9割が避難していなかったことが示されています(NPO法人環境防災総合政策研究機構, 2018)。

この中には、もちろん高齢者などの「逃げたくても逃げられなかった人」も含まれていますが、「逃げられるのに逃げなかった」人もいます。なぜ動かなかったのでしょうか。

逃げ遅れる人に共通する4つの心理パターン

研究者たちはこれまで多くの災害を分析し、逃げ遅れの心理的背景を明らかにしてきました。大きく4つのパターンに整理できます。

パターン 1正常性バイアス
「これくらいなら大丈夫だろう」

人間の脳は、見慣れない危険な状況を「いつも通り」に解釈しようとする機能を持っています(広瀬, 2004)。過去に何度も空振りを経験していると、「どうせ今回も大したことない」という判断がより強くなります。

このブログでも正常性バイアスについては別記事で詳しく解説しています。ここでは「水害で特にこのバイアスが強く出やすい」という点を強調しておきます。なぜなら水害は、地震と違って「じわじわ」と迫ってくるからです。「まだ大丈夫」と思える余裕が、逆に命取りになります。

あわせて読みたい
正常性バイアスとは何か:災害での避難時に「まだ大丈夫」が命取りになる理由
正常性バイアスの詳細はこちら
パターン 2同調バイアス
「周りが逃げていないから、自分も逃げなくていいだろう」

近所の人が家にいる、誰も避難している様子がない…この「みんなの行動」を安全の根拠にしてしまいます。

広瀬(2004)は、災害時に周囲の人の行動が個人の避難判断に強く影響することを指摘しています。逆に言えば、誰か一人が「逃げよう」と声を上げて動き出すと、周囲もそれに続きやすくなる。同調バイアスは逆方向にも働くのです。

パターン 3オオカミ少年効果
「また大げさな話でしょ」

過去に「空振り」を経験した人ほど、次の警報に反応しにくくなります(邑本, 2020)。「また大げさな話でしょ」という感覚は、繰り返しの空振りによって蓄積されていきます。

これは個人の問題ではなく、防災情報の「信頼性の問題」でもあります。ただ、だからといって動かないでいると、いつか本当の洪水が来たときに命を落とします。

パターン 4楽観バイアス
「うちはこの辺では高い方だから大丈夫」

「うちはこの辺では高い方だから」「この川はそんなに溢れないから」という根拠のない自信です。自分の家が水害ハザードマップのリスクエリアに入っていても、「まあでもうちは…」と例外視してしまいます。

これは「自分は平均より上」と思いがちな認知の歪みで、楽観バイアスとも呼ばれます。防災においてこのバイアスは命に直結します。

「情報があっても動けない」構造的な問題

上記の4つに加えて、もう一つ重要な要因があります。「いざというときに何をすればいいかが決まっていない」という問題です。

警報が出た。でも、どのレベルで逃げる?どこへ?荷物は?車で行く?歩く?…こうした判断が何も決まっていなければ、「もう少し様子を見てから考えよう」となるのは当然です。緊急時に「考える」のは、実は非常に難しいです。平時に決めておいて初めて動けます。

「マイ・タイムライン」はこの考えに基づいた仕組みです。「警戒レベル3になったらこの経路でここへ逃げる」と事前に決めておくことで、緊急時の判断コストを限りなくゼロにしましょう。

今日決めておくべき「マイルール」4つ

以下の4点を、今日中に確認・決定してください。紙に書いておくとより効果的です。

【1】「逃げるトリガー」を決める

「警戒レベル〇〇が出たら迷わず動く」という自分のルールを決めます。おすすめはレベル3(高齢者等避難)が出た時点で動き始めること。ハザードマップでリスクの高い地域に住んでいる方は、特に早めの行動を。

あわせて読みたい
「避難勧告」は廃止されたのを知っていますか?:新しい5段階の警戒レベルを正しく理解する
警戒レベルの基本はこちらで確認を

【2】「逃げ先」を決める

水害対応の指定緊急避難場所を事前に確認しておきます。地震用と水害用は異なる場合があります。国土交通省のハザードマップポータルサイトで確認できます。

あわせて読みたい
水害のとき安易に「指定避難所」へ逃げてはいけない?正しく逃げる避難場所の選び方
水害時の正しい逃げ先の選び方はこちら

【3】「逃げる経路」を決める

逃げ先までの経路が、浸水想定区域を通っていないかを確認します。「避難場所は知っている、でも行き方は考えていなかった」では意味がありません。

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【新生活の防災】新しい通学路・通勤路、防災目線で歩いたことありますか?
経路の安全確認方法はこちら

【4】「空振りしても恥ずかしくない」と決める

避難して何もなかった場合、「行き過ぎた」「大げさだった」と思う必要はありません。空振りは成功です。「空振りOK」という自分ルールを意識的に持つことが、次に動くための心理的な準備になります。

まとめ

今回のポイント
  • 水害の逃げ遅れは「情報の欠如」より「心理的な妨げ」によって起きることが多い
  • 正常性バイアス・同調バイアス・オオカミ少年効果・楽観バイアスの4パターンを知っておく
  • 緊急時に「考える」のは難しい。平時に逃げるトリガー・逃げ先・経路を決めておく
  • 空振りを恥じない文化を自分の中に作ることが、最大の心理的準備になる
  • マイ・タイムラインの作成が、これらをまとめる最善の方法

「ちょっと防災」、今日から始めてみてください。

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サトウ先生|博士(工学) / 防災士
京都光華大学 社会学部 社会共創学科
「専門知識を、わかりやすく身近に。」これまで数々の自然災害を目の当たりにしてきた実体験をもとに、防災に関する大学での講義や地域での講演を行っている。南国出身のため雪にはとっても不慣れで、京都での最大の災難は大雪のときに滑ったことだと思っている。摩擦係数の計算は得意だが、雪道の滑りやすさは計算外だった。だが、その失敗さえも防災の教訓に変えてしまうのが私のスタイルだ。実に面白い。
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参考・出典
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