アスリートのパフォーマンスを最大限に生かすのがスポーツ栄養学
ケガの予防やコンディション維持にも重要
トップアスリートと個人契約して食事のアドバイスを行ったり、日本代表チームの海外遠征に帯同して献立作りから調理まで任されたり。アスリートを「食」の面から支える栄養指導のプロがいることをテレビなどで見聞きしたことがあるのではないでしょうか。
私はスポーツ栄養学の専門家として、アスリートの栄養指導も行っています。スポーツ栄養学とは、アスリートのパフォーマンスを最大限に生かすため、何を、いつ、どれだけ、どのように摂取すると良いのかを理論化、体系化した学問です。アスリートがどれだけ厳しいトレーニングをしても、食事をおろそかにすると、その効果を100%発揮することができません。トレーニングの成果を試合での最高のパフォーマンスにつなげられるよう、スポーツ栄養学に基づいてさまざまなサポートをするのがスポーツ栄養指導です。疲労骨折などのケガを予防したり、女子選手の貧血を予防するなどコンディションを維持できるようにサポートするのも管理栄養士と栄養士の仕事です。
トップアスリートに限らず、部活動をしている中高生やスポーツ愛好家、健康のため身体を動かす高齢者など、それぞれにとってふさわしい栄養のとり方があります。スポーツ栄養学に基づく適切なサポートは、社会の誰にとっても有益なのです。
理論だけでなく、アスリートとの信頼関係もパフォーマンスを左右する
スポーツ栄養指導のプロには、専門領域の知識に加えて、人の行動を変えさせることのできる指導スキルも必要です。相手の年齢や性格、今置かれている状況なども考えた上で柔軟な対応が必要だという点が、この仕事のやりがいであり、難しさであるといえるでしょう。
私にはほろ苦い経験があります。昔、あるプロボクサーの減量アドバイスをした時のことです。1ヵ月で12㎏もの減量が必要だったので、測定した体組成のデータを見ながら、どのような食事をするかについて話し合いました。選手がこれまでやってきた方法を尊重しながら、改善できる点を探し、食事内容や食べるタイミングについての栄養サポートをしました。選手は減量もうまくいき、試合にも勝つことができました。そこで私は、次の試合に向け、試合後のリバウンドをおさえる栄養指導を続けて行いました。短期間の大幅な減量で身体に負担をかけなくてすむようにと考えたからです。その結果、試合後の体重増加を抑制し、1ヵ月半で7.5㎏という前回と比べて穏やかな減量ですんだのですが、試合では残念ながら敗戦を喫してしまいました。
減量の進め方が敗戦の原因の一つだったのか、それはわかりません。しかし確かに言えるのは、理論上の理想的な献立、理想的な食べ方やタイミングを提案したところで、パフォーマンスが向上しなければアスリートにとっては意味がないということです。減量は、理論的にはなだらかに体重を落としていくことがベストなのですが、ボクサーの多くは急激に減量をすることで、その苦しさを闘争心に変えている部分があるのもまた事実なのです。
選手の内面にどこまで踏み込めるかは大変難しい部分があります。できるだけ選手本人の意見を尊重し、トレーナーとも話し合いながら、ベストな線を見つけていく作業も必要です。信頼関係があれば、多少本人の考え方と違うところがあったとしても信じて受け入れてもらえることもあります。人と人との関係が戦略を左右し、最終的なパフォーマンスにもつながっていくのです。
苦労も多く厳しい世界ですが、指導する選手の試合を観に行って、目の前で勝利する瞬間を見た時は、何物にも代えがたい大きな喜びがあります。私もスポーツをしていたので、自分が届かなかった高いレベルで活躍する選手を見ると、疑似体験させてもらっているような感覚になることもありました。
社会のニーズの変化に機敏に対応し、新しい研究ジャンルに飛び込んでいきたい
食事内容をAIが自動解析するアプリの検証
スポーツ栄養学の研究者として、今、学生と一緒に取り組んでいることの一つは、撮影した食事の画像から、AIがエネルギー量や各栄養素量を自動解析するスマートフォンアプリの妥当性に関する研究です。アスリートにとって食事内容を一つひとつ記録するのは大きな負担なので、撮影するだけで栄養価が計算できるアプリはとても便利です。しかしその解析が正しくなければ意味がありません。そこで、栄養価計算をして作った食事を撮影し、アプリが表した値と比較して、正しいかどうかを検証していったのです。
結果は、食事の「内容」は概ね正しく判断できているが、食事の「量」については認識できていないため、実際の量に関わらず、すべて一般的な一人前の量として計算しているというものでした。今後は、人によって一人前の食事量がどのように違うのかを研究し、個人差を解消する方法をAIに学習させることで、アプリの正確性を高める一助になればと考えています。
食欲のコントロールに関する研究も始めています。減量や増量の指導には食欲のコントロールが欠かせないからです。今は炭酸水に注目して、食前に炭酸水を摂取すると食欲にどのような影響があるかなどについて実験を行っています。以前に行っていた、性格の違いがダイエット効果にどう影響するのかという研究も結び付けていければと考えています。
私は、社会のニーズの変化に機敏に対応して、新しいジャンルに飛び込んでいこうという気持ちで研究を続けてきました。今後もこの姿勢で研究と栄養指導の実践を続けたいと思っています。
究め人のサイドストーリー
中高は陸上競技、大学ではラクロスの選手でした。スポーツは見るのもするのも大好きです。今やっているのはフットサル。チームで集まって練習するのは月に1度くらいですが、動ける身体を維持したいので、週に2、3回は自宅から金閣寺や嵐山まで往復10キロのランニングをしたり、ジムでトレーニングもしています。運動後にはなるべく早くたんぱく質をとるなど、効果的な栄養補給も実践していますよ。スポーツ栄養学の専門家が太っていては説得力がないので、これからも長くスポーツを続けていきたいと思っています。
アスリートに特化した栄養管理と食事について学ぶ
アスリートに特化した栄養管理と食事について理論的、体系的に学ぶ
私の担当する「スポーツ栄養学I」は本学2年生の必修科目です。1年生で基礎的な栄養学を学んだうえで、アスリートに特化した栄養管理と食事について、理論的、体系的に学ぶ授業です。糖質、たんぱく質などの栄養素ごとに、身体にどのように吸収され、どのような変化をもたらすのかという根本的なことから学ぶことによって、栄養をどのように、どんなタイミングでとればよいのかが理解できるようになります。栄養の知識だけでなく、身体活動のエネルギー消費やトレーニングなど運動の知識についても学びます。
トレーニング期、試合期、オフ期など、アスリートの置かれた状況によってもふさわしい食事は変わってきます。この授業では、合宿や遠征の時の食事、減量期や増量期の食事、競技ごとの食事など、発展的な内容も取り上げています。ここで学んだ知識がベースになり、3年生の授業で行う献立作りや調理につながっていきます。実業団や大学の陸上チーム、社会人野球チームに対して献立提供を行う実習科目もあり、スポーツ栄養指導を志す学生にとってとても興味深い内容だと思います。
スポーツ栄養学は新しい学問なので、研究が積み上げられることによって知見が次々と更新されています。テレビや雑誌で取り上げられている内容には古いもの、誇張されているものが少なくありません。スポーツ栄養指導のプロになるためには、知識を常にアップデートして最新の正しい情報を得る努力が必要です。希望する競技のサポートができるとは限らないので、競技経験は必ずしも必要ではありません。しかし、マイナースポーツを含むさまざまなスポーツについて勉強し、各競技の特性を理解している必要はあります。選手との信頼関係を築くコミュニケーションの力も問われる仕事です。
この分野が学べる学部・学科