私の創作活動

頭の中のイメージを超える作品を作りたい

私は水彩画の作家として作品を発表すると共に、将来、保育や教育の現場で子どもと関わる学生の教育にも携わっています。創作と教育という二つの世界を持つことによって、私が芸術から受け取った多くのものを、芸術を通して学生の皆さんや子どもたちへも届けていきたいと考えています。

作家としての私は、平面画の抽象画、中でも水彩画をずっと描いてきました。今は「水遊(すいゆう)」というシリーズで水彩画作品を制作しています。

「水」は、液体だったり、気体だったり、霜のような状態だったり…。誰もが思う共通のイメージはありながら、バリエーションに富んでいるのが魅力です。普遍性と多様性を併せ持っていたいという私自身の願いもあります。 「遊」という言葉には、余白という意味の「遊びをもうける」という表現もあります。心の余裕も含めた「遊び心」を持っていたいという気持ちもテーマに込めています。

私は水をたっぷり使って描きます。私の頭の中のイメージを、水が媒介となってキャンバス上に表現してくれているのです。色が水によってパッと広がっていったり、にじんだり、どうにも制御できない様子は、キャンバスの上で水と絵具が遊んでいるように感じます。コントロールできないものと闘い、対話しながら、頭の中のイメージを超える作品を作りたい。それが作家としての思いです。

水と絵具で、光、感情、時間などを生み出していく

作家は、自分にフィットする素材を探す旅をしているようなところがあります。私の使っているキャンバスは目の細かい麻や綿。それをあえて裏向きにして木枠に貼り、裏面を表にして下地材を貼っています。私は水を多く使うので、コーティングされた表面に水をのせると、しみ込まずにすーっと流れて拡散されてしまうのと、コーティングされた表面が裏側に来ることによって、しみこんだ水分が保持され、キャンバスを水たまりのようにして表現できるからです。

キャンバスはイーゼルに立てず、床に置いて描いています。イーゼルなら作品をさまざまな距離から見ながら描けますが、私は身長の高さ以上に離れて見ることなく描きます。時間、空間、身体の動きとの一体感がある表現がしたいので、絵具が乾かないように霧吹きで水を吹きかけながら、休憩もとらず、大きな作品でも5時間くらいで一気に描き上げます。

全体の流れを決めるような線から描き始め、強めたり、弱めたり、ドリッピングしたりしながら、光、感情、時間など多彩な要素を生み出していきます。

どう描き終えるか、いつ描き終えたとするかは、いつも自分を試されているように感じる場面です。「ここだ!」とピタッと決まる時も、「負けた」と思う時もあります。乾燥すると状態が変わることも見越して決めるのも難しいところ。赤系の色は粒子が細かいため、乾くと拡散して色が薄くなる傾向があるなど、絵具の知識や経験も必要です。

今後は円などの変形キャンバスにもチャレンジしてみたいと思っています。子どもの頃から好きだった「石の花」というロシアのお話をモチーフに、お話の中で出てくるボタンのイメージで描いてみたいのです。自分の表現したいものを完全に表現できたと思ったことはまだありません。やればやるほど次の課題が見えてきます。もっと高みを目指して描き続けたいと思います。

私が教育に関わるようになったわけ

子どもは造形表現によってさまざまなものと出会う

創作活動と並行して教育にも携わるようになったきっかけは、大学院時代、高校の美術科講師を務めたことです。心につらさを抱えた子どもが美術室にやってきて、ありあわせの素材で何かを作ると、気持ちが落ち着いたのかすっきりした顔で帰っていく様子をよく目にしました。子どもの造形表現には、作品を「上手に」作ることや、完成させることよりも、「作ること」そのものに価値があることを知り、大きな魅力を感じた私は、その後、造形ワークショップを通して多くの子どもたちと関わり、造形表現活動の研究も行うようになったのです。

子どもの造形表現活動で大切なのは、さまざまなものと「出会う」ことだと私は考えています。素材や道具と出会い、制作の過程で保育者や友だちと出会い、自分の好きなものを考えることで自分自身とも出会う。それをくり返すことによって、大げさに言えば人生を小さく体験でき、生きる力にもつながっていくのです。

保育や教育の現場でそれを実践する人材を育てることは、私にとって作家活動と同じように大切な仕事です。二つの世界があって良かった、年齢を追うごとにそう感じるようになりました。

究め人のサイドストーリー

休日は、3歳と1歳の子どもとずっと一緒に過ごしています。子どもが世界を見る目は本当に面白いです。さまざまな色や形の石ころを大切に拾ってきたり、お風呂で水の流れ方や滴がポタポタ落ちる様子を延々楽しんでいたり、小さな花や葉っぱの美しさに気づいて見せてくれたり。自分が忘れてしまっていたものを一緒に体験することで、もう一度世界と出会わせてもらっていると感じます。

家では安い紙をふんだんに使って子どもに好きなものを描かせています。段ボールの中に入れて画材を渡すと、四方八方に描いて楽しんでいますよ。描くことによる身体的な快感と、自分の行為が結果に残る嬉しさをストレートに感じるのが子ども。大学で教えていることを目の前で確かめてくれているようなところもあり、新しい発見も多くあります。

造形活動の指導方法を、実践的に学ぶ

素材にふれて特性をつかむところから始める

私が担当する「図画工作Ⅰ」「図画工作Ⅱ」では、幼稚園、保育園の乳幼児から小学校低学年までの子どもを対象にした指導方法を学びます。学生自身が手を動かしながら学ぶ授業です。

いきなり作品を作らず、素材にふれることに時間をかけるのが私の授業の特徴です。子どもの働きかけにどう応える素材なのか、自分自身で感じてほしいからです。粘土を時間内に誰が一番長く伸ばせるかなど、遊びの要素も盛り込んでいます。素材の特性をつかんでから作品を作ります。

授業では、学生の良いところを見つけるようにしています。子どもに「いいね」「ここは工夫したね」と声をかけることは、安心して造形活動を続ける上でとても大切です。自分がしてもらったことを、子どもたちにも実践してほしいのです。

子どもの発達と造形技能の発達についての知識を交えて、どのような環境づくり、安全への配慮が必要かなども実践的に学びます。どんなタイミングでどれだけ手助けをするのかも難しい課題です。子どもを良く見ることが大切ですね。私はワークショップで毎日100人以上の子どもと接していたので、その中で得た経験も授業の中で惜しみなく伝えています。

手を動かしてものを作る経験を重ね、普段の生活でも「これはどのようにできているのかな」「この素材は造形に使えそう」と物を見られるようになることが、良い指導者への第一歩です。

京都光華女子大学には専用の図工室があります。小学校や幼稚園の先生が「うらやましい」と言ってくださる充実した施設と素材のそろった環境で、楽しみながら学ぶことができます。「苦手だったけれど楽しかったです」という声を聴くと、とても嬉しく感じます。

高校生へのメッセージ

大学で「後につながる好きなこと」を見つけてほしい

色々なことに好奇心を持ち、実際に手を動かしてチャレンジしてみてほしいと思います。必ずしも作品作りを目的にしなくても良いのです。着る服を選ぶ時に色や形を意識したり、季節の草花を美しいなと感じたりすることでも皆さんの感性は豊かに耕されていきます。それが将来、子どもに創作の楽しさを伝える原動力になると思います。

下口 美帆准教授

こども教育学部 こども教育学科

1998年滋賀大学教育学部美術科卒業、2000年神戸大学大学院総合人間科学研究科博士前期課程修了。2004年より個展、企画展で作品を発表。2014年京都光華女子大学短期大学部准教授、2015年より現職。研究テーマは絵画作品の制作と発表、子どもの造形表現活動。

この分野が学べる学部・学科

こども教育学部 こども教育学科

教育・保育現場でおもいやりと慈しみの心をもって、一人ひとりの子どもを尊重し、個性を深く理解しながら、その良さを引き出せる教員・保育者の養成を目指します。

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