看護教育の課題をクリアし、効果的な授業を行う上で欠かせないアイテム
全国で初めて看護教育に「ロイロノート・スクール」を導入
本学では、看護教育にICT(情報通信技術)を積極的に活用しています。これまで看護教育の課題とされていたことをクリアするアイテムとして有効だからです。
私の専門分野は、看護教育の授業設計です。脳科学の知見も踏まえつつ、魅力的で効果的な看護教育を効率良く行うために最適な方法や装置などを設計、運用する研究です。本学の看護教育で活用している学習用アプリやVRやMRなどのデバイスは、私たちが目指す看護教育を行うために必要なアイテムとして導入しました。
看護教育の課題の一つは、実習授業の際に、多くの学生を少数の教員で指導しなければならないことでした。例えば、患者さんの身体を拭く「全身清拭」の授業の場合、お湯やタオルなど必要なものを一式揃えて、ベッド横の適切な位置に置くことから始まり、教員が手本を示して、学生自身が実技を行うという流れで行われます。しかし、学生数が多いと、教員の手本がよく見えないことがあります。また、教員にとっても、学生の様子を全員分きちんと確認し、適切な指導をするのは難しいことでした。これで学生はしっかりと技術を修得できるのだろうか?私はそんな問題意識を持っていたのです。
2011年に赴任した本学には、インターネットを利用したe-ラーニングシステムの先駆けのようなシステムが整備されていたことから、これを課題の解決に利用できないかと考えました。まず、私は学生の実習の様子を動画で撮影し、教員と学生全員で共有することを始めました。その結果、教員は、学生の実技を動画で見て丁寧に指導することができ、学生は互いの実技を評価し合い、学び合えるということがわかったのです。
以来、私は授業に活用できるアイテムを積極的に探すようになりました。そこで出会ったのが教育ICTツール「ロイロノート・スクール」です。今は多くの大学で教育に導入されていますが、当時は一部の外国語教育で利用されているだけで、看護教育に取り入れたのは全国初でした。2014年頃のことです。
事前学習や学生同士の学び合いが、学習意欲の向上に
では、本学看護学科の授業で、「ロイロノート・スクール」がどのように活用されているかをご紹介しましょう。
まずは事前学習。授業の前に、学生は、教員から配信される授業内容のコンテンツや関連動画をタブレットで視聴します。何を学ぶのか、自分はどこがわからないのかを明確にしたうえで授業に臨むのです。授業では、事前学習での疑問点をグループで話し合いながら解決し、解決できなかったことだけを教員が説明しています。授業時間に教員が一から教え込むことはありません。
この授業形態は、従来の「授業→宿題」というプロセスが反転していることから、「反転授業」と呼ばれ、現在、その教育効果に注目が集まっています。私が特に感じているのは学生の学習意欲の向上です。一人ひとりが自分のペースで事前学習に取り組み、その成果をグループ内でアウトプットすることによって、学習に対するモチベーションが高まり、授業後の復習も積極的に行うようになりました。本学では、反転授業の実践に、ICTが大きな役割を果たしています。
実技を学ぶ実習授業の時は、事前に教員がお手本動画を撮影、配信。その際、ポイントとなる部分が良く見えるように撮影するよう配慮します。学生は、事前学習の中でそれを見て、あらかじめどのような動きが必要か、どこが大切かを理解した上で実習に臨むのです。
実習中は、学生同士が互いの様子を動画で撮影し合い、自分で見返せるようにします。教員は、学生の実技を対面でも見ますが、動画を通してより詳細に確認したうえで、コメントを書き込んで学生にフィードバックします。アプリでのやりとりなら、学生が不明点を質問しやすくなるということもあるようです。
動画を学生同士で共有し、互いの実技を評価し合いながら、上手な人の技術を取り入れることができる、つまり「学び合い」ができることも、「ロイロノート・スクール」を使うことの大きな教育効果だと私は考えています。
学生が技術を修得できたかどうかの確認にも利用しています。授業の後に各自で練習し、一番よくできた時の動画を教員に送ることになっているのです。対面でのテストは実技を行う順番で有利不利があると言われていましたが、各自で納得のいく動画が撮れるまで練習できるので、学生にも好評です。事前・事後学習が前提になると、授業中は実技に集中できるので、技術の修得が早くなり、以前は実施していた補習も必要なくなって教員の負担も軽減されました。
メタバースプラットフォーム「WHITEROOM」で患者さんの状態を観察
バーチャル病室でも緊張感を持った体験が可能
本学の看護教育でもう一つ大きな役割を果たしているのが、VRなどのデジタル空間を体験できるシステムです。特に近年、看護師に求められるようになっているのが、目の前の患者さんを観察することによって、どんな情報を得て、どう判断し、どう動くかという臨床判断能力。患者さんの生命にも関わるこの能力を養うには、バーチャルな臨床現場でトレーニングすることが非常に効果的だということがわかってきました。
導入したのは、VR(仮想現実)とMR(複合現実)の双方に対応した「WHITEROOM」というメタバースプラットフォームです。これも看護師養成系の大学での導入は全国初でした。
遠隔会議や、オフィスから生産現場のトラブルに対応するなど、主に産業界で使われていたプラットフォームですが、看護教育においても、バーチャルな病室で患者さんの状態を観察し、必要な判断や報告を行う経験を繰り返すことができると考え、導入を決めました。実際の患者さんに接する病院実習のプレ実習として取り入れれば、実際の実習にもスムーズに入れるとも考えたからです。
実際にVRでの学内実習を経験した学生は、バーチャルな病室だとわかっていても、「すごく緊張した」「患者さんの状態が悪くなってどうしようと思った」と言います。病院での実習には及びませんが、ある程度緊張感のある空間を事前に体験できるのは、実際の患者さんを前にした時に、緊張しすぎて十分に実習できなくなってしまう問題を防ぐ上でも有効。プレ実習としての役割を十分に果たしてくれています。
究め人のサイドストーリー
10年近く前、そこまで有名ではない韓国映画を観たことがきっかけで韓国に興味を持ちました。調べていく中で東方神起のユンホの描いた絵や言葉と出会って、すっかりファンになりました。すぐさまソウルまで主演ミュージカルを観に行ったのが私の初海外旅行です。それからコロナ禍で海外に行けなくなるまで、ライブなどに参加するため、何回韓国に行ったかわかりません。
韓国のライブはステージとの距離が近くて面白いんです。チケットを自力で取るようになると、必要に迫られて韓国語の勉強も始めました。MCで話している内容を詳しく知りたい気持ちも学習のモチベーションになりましたね。
韓国に友達もできました。若い友達もいますよ。コロナ禍が明けてからは忙しくてまだ行けていないのですが、ぜひまた行きたいと思っています。
ICTをフルに活用して、臨床判断能力を育成
病院では経験できない急変期の対応もバーチャルなら可能
「ロイロノート・スクール」と「WHITEROOM」を活用している授業の例として、1年生の前期に行う「観察の修得」をご紹介しましょう。
看護の世界で言う「観察」とは、患者さんと出会い、情報を集め、判断し、必要な報告を行うまでを指す言葉です。
学生がバーチャルな病室に入ると、ベッドには患者さんがいます。近づくと、患者さんは、顔色が悪い、呼吸が荒いなど、教員があらかじめ設定した状態になっています。1回目に入室した時は問題なかったのに、2回目に入ると変化があるというような設定にすることもあります。
学生は、「ロイロノート・スクール」で事前学習した内容に基づいて、必要な情報を得るために何をすべきかを考え、例えば声をかけたり、呼吸数、血圧、脈拍、体温などを測定したり、必要な措置をとり、必要な情報を、適切な書き方で、適切な専門職に報告するのです。
実習後は、できたこと、できなかったことをそれぞれ振り返り、なぜできたのか・できなかったのかを考えます。ここで学生から多く聞かれるのが、これまでに学んだ知識が、まだ実際に使えるものになっていないことに気づいたという感想。この積み重ねが学習意欲の向上につながっているのだと考えています。
私が看護師になった1年目に一番困ったのは、急変する患者さんへの対応経験がなかったことでした。病院実習では、通常、学生が急変期の患者さんを担当することはないからです。しかしVRでなら、急変期の患者さんに対応する経験も可能です。VRの導入によって、学生は、病院実習の前に、観察や判断の基礎を身につけることができるようになったと感じています。
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