祖母の妖怪話が歴史好きのきっかけ

古い昔妖怪本に誘われて、京都の歴史と出会いました

実は、私は小さいころから妖怪が大好きで、そこから歴史に興味を持つようになりました。祖母が話してくれる地域の伝説、中でも犬神憑いぬがみつきやヒトダマが出てくる妖怪の話が大好きだったんです。その後、日本の妖怪話は「今の誰かが作った怖い話」ではなく、歴史的にさかのぼることができ、日本人の民族性や時代背景も見える話だということを知って、歴史学や民俗学に興味を持つようになりました。

京都の大学に入学して図書館に行くと、「くずし字」で書かれた江戸時代に出版された本がたくさんありました。江戸時代の妖怪本を読みたい一心で少しくずし字を解読できるようになると、もっと読みたくなって、行きついたのが、京都に存在する古い史料(古文書)でした。

京都はみやこだった時代が長い分、今に残る史料の数が格段に多いところです。古文書を少し読めるようになると、その豊かな世界に魅了されました。特に庶民も物を書くようになった江戸時代の史料は面白いですよ。「今日は胃が痛い。トイレに何回行った」「今日はうなぎを食べた。おいしかった」なんていう記述もあって、リアルな日常が垣間見えます。江戸時代の人も私たちと同じように生活していたんだということが実感できるのが面白いところです。

古い地図と今の街並を見比べる楽しみも

京都では、学生でもいろいろな場所で史料を読むことができます。私が学生のとき、お寺や神社に行って調査のお願いをすると、蔵に入れていただけたこともあります。手つかずのままに眠っている史料が、神社仏閣や旧家にまだまだ眠っているのが京都です。文化財指定を受けるための予備調査として、いくつかの自治体やお寺で所蔵する史料をリストアップするアルバイトをしたこともありました。貴重な史料を直接手にとって見ることができるのは本当に贅沢な環境です。

京都は、古い地図を見るだけでも楽しい街です。江戸時代の地図にある区割りや街並が今もちゃんと残っているのが面白いんです。江戸時代の観光案内本もありますよ。古い史料と今の風景とを見比べて楽しめるのが、京都で歴史を学ぶ醍醐味の一つだと思っています。

史料を細かく読めば、埋もれた事実が明らかに

明治維新で人の生活がどう変わったかに興味があります

私が主に研究している江戸時代は、豊かな文化が生まれた時代でしたが、明治維新で世の中は急に大きく変わりました。私は、教科書に載っているような政治の変化よりも、一般の人々の生活や文化の変化に興味があります。その時実際には何があったのか、維新をめぐる人々のストーリーを知りたいのです。

伏見に 御香宮 ごこうのみや神社という有名な神社があります。「御香水」という名水でも有名なので、知っている人もいるでしょう。私はこの神社に関する多くの史料を拝見する機会に恵まれました。そして、この神社がどのように明治維新を乗り越えたかを明らかにすることができました。史料から見える一つの例としてご紹介しましょう。

神功じんぐう皇后のご利益をめぐるストーリー

御香宮の祭神は神功皇后という古事記や日本書紀にも登場する人物です。妊娠中に朝鮮へ出兵し勝利した後、無事出産もしたという伝説があることから、武運や安産のご利益がある神様とされています。ところが、江戸時代の御香宮は幕府の厚い保護のもとに運営していたため、参拝客などあてにしていません。ですから、幕府に向けて武運のご利益はアピールしていましたが、参拝客に向けて安産のご利益をことさら言う必要はありませんでした。

一方で、京都の西、桂周辺に、桂女 かつらめとよばれる集団がありました。彼女らは神功皇后が出産した時の侍女の末裔と名乗り、幕府の公認を得てその安産のご利益をうたって、お守りや腹帯などを村々へ売り歩いていました。両者はうまく棲み分けができていたのです。ちなみに、神功皇后を乗せる祇園祭の占出山・船鉾うらでやま・ふなぼこも、安産祈願のご利益を語っており、江戸時代では神功皇后の安産のご利益はよく知られたものでした。

近世の民間信仰を取り込み近代的な神社へ

ところが、1868(慶応4)年に鳥羽伏見の戦いが起こると、あろうことか幕府を倒そうとする新政府軍が、御香宮に陣を置きました。時代が大きく変わることを敏感に察した御香宮。もう幕府は続かないと考えたのでしょう。それまで頼ってきた幕府ではなく、新政府に向けて桂女の商売の差し止めを訴えたのです。明治維新の直前という絶妙なタイミングでの変わり身でした。

新政府は、日本の古い呪術的なものを排除し、新しい天皇中心の近代国家を作ろうとしていたので、天皇の祖先をまつる御香宮神社の訴えを聞き入れ、巫女のような集団であった桂女の活動は停止に追い込まれました。さらにその後、お守りや腹帯の販売は御香宮自身が行うようになりました。参拝客相手に商売をする今の神社の形ができたのです。江戸時代には共存していた御香宮と桂女が、明治維新を機に対立関係となり、うまく時運に乗った御香宮が新政府に選ばれたというわけです。

これらが、御香宮の史料はもちろん、神社ゆかりの家や桂女の家など多くの史料を細かく読むことによって明らかになったストーリーです。時代の波に乗ったもの、乗れずになくなっていったもの。明治維新をはさんで、このようなストーリーは世の中にたくさんあったのではないでしょうか。事実を浮かび上がらせる史料がまだまだ京都にはあるのです。

究め人のサイドストーリー

妖怪好きはずっと変わりません。中高時代に影響を受けたのは妖怪雑誌『怪』。『妖怪大戦争』という映画のエキストラに応募し、妖怪の恰好で出演したこともあります。最近オープンした広島県の三次もののけミュージアムにも早速行きました。
自分たちではどうにもできないことが起こった時、とりあえず妖怪の仕業にして「こうしたら消えるよ」という対処法を編み出して安心するという生活の知恵だと思っています。
一番好きな妖怪は全身毛むくじゃらの「毛羽毛現けうけげん」。たまにしか現れない妖怪で、「稀有けう」「怪訝けげん」のダジャレです。こういう言葉遊びから生まれたものも楽しいんです。
大学でも「サブカルチャー論」という科目で妖怪の話をするようになったのですが、これからも趣味として妖怪の世界を楽しみたいと思っています。

歴史を学ぶと、ものの見方が一つではないと知ることができる

今あるものから時代をさかのぼって歴史を学びます

私が担当する「京のくらし」は、京都の伝統文化に関するテーマを毎回一つずつ取り上げ、その成り立ちを学ぶ科目です。「今あるもの」から時代をさかのぼっていくのが私の授業の特徴。「京菓子」がテーマの時は、三角形のういろうに小豆がのっている「水無月」というお菓子から話を始めました。京都では今も6月30日に食べる習慣のあるお菓子です。なぜ三角形なのでしょう?という問いから、それは氷の形であり、室町時代、御所へ暑気払いの儀式の氷を運ぶときについた泥を小豆で表現しているということ、当時、氷は大変な貴重品で一般人は口にできないため、お菓子にして食べたということ、さらにはなぜその日に食べるのか、など、歴史や行事との関わりなどを詳しくひもといていくのです。平安時代の世相と深く関わる最古の京菓子を実際に食べたりもしました。大学時代、能楽部で能菅(笛)を吹いていたので、授業中に演奏したこともあります。

「祇園祭を見学する」という課題も出します。祇園祭の山鉾は一つひとつに歴史的な物語があるので、それを知ったうえで山鉾の人形や懸装品を観て、お祭をより深く味わってほしいからです。「物語を知って間近で見る鉾はすごかった」との感想も聞きました。「京都のことを学ぶのが楽しい」「京都の観光地で働きたい」という学生も出てきました。後期の「京都学」は、実際に街に出かけて京都の歴史をより深く学ぶことのできる科目にしたいと思っています。

歴史を学ぶと、ものの見方や考え方は時代によって左右されるものだということがわかります。今に生きる私たちの考え方も、唯一の正しいものではないと知ることができます。歴史を学ぶことを通して、たとえば政治や国際問題も、さまざまな方向から見て冷静に考える姿勢を身につけてほしいと願っています。

高校生へのメッセージ

身近なものに隠されたルーツや物語が見えてくる過程を楽しんでください

京都は歴史にふれやすい街です。ただ街を歩くだけで、古い通り、古い建物、碑など、一つひとつ体験しながら学べる環境があることが歴史を学ぶ上で一番のメリットだと思います。さらに一歩進んで史料を見つけに行くというマニアックな楽しみ方もできます。普段何気なく見ているものから隠されたルーツや物語が見えてくる過程を、ここ京都で楽しんでください。

久世 奈欧 講師

短期大学部 ライフデザイン学科

京都大学文学研究科歴史文化学専攻日本史学専修博士課程修了。関西学院大学、京都光華女子大学、花園大学非常勤講師を経て、2019年より現職。

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短期大学部 ライフデザイン学科

興味や将来の夢に合わせて幅広く学び、専門知識と技術、教養を身につけます。自らの未来をデザインし、社会に生かせる力を育成します。

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