「企画」は理論的に作り上げていく作業
大切な人に花束を贈るように考えてみよう
「企画の仕事」と聞いてどんなイメージを持ちますか?クリエイティブな才能に恵まれた特別な人が、ひらめきやセンスを発揮する仕事。そう思っていませんか?
私は、長年商品企画の仕事をしてきた経験をもとに、新しい「もの」や「こと」がどのように作られていくのか、つまり「企画のプロセス」を理論化する研究を行っています。企画とは、何もないところから才能やセンスによって生み出されるものではなく、理論的に作り上げていく作業のことだと私は捉えています。
大切な人に花束をプレゼントする場面を想像してみてください。あなたはどんなことを考えますか?相手はどんな人で、どんな雰囲気が好みか?どの花屋さんで、どんな色や形の花を選び、どんなラッピングにするか?サプライズにするのか、さりげなく置いておくのか、渡すシチュエーションはどうするか?どんな言葉と一緒に渡すか?一生懸命考えると思います。そして「相手がどんな顔をしてくれるか」も想像しますよね。喜んでほしい、笑顔になってほしい、きっとそう思うでしょう。
企画とは「相手にどんな顔になってほしいか」を出発点として、それを実現するためにはどんな場面が必要か、その場面をつくるためには何が必要かを逆算して考えることです。まさに花束を贈るために考えることと同じプロセスなのです。
経営、まちづくり…どんな分野でも企画の力は必要
花束を贈るときの思考プロセスは、そのまま商品を企画するプロセスへ置き換えることができます。
まずは贈る相手、つまりターゲットを設定します。そして相手のことを知り、考える、つまりリサーチや分析などによるマーケティングを行い、それを活かして商品をつくります。商品の良さを効果的に伝えるシチュエーションづくりにあたるのがプロモーションです。この「知る」「活かす」「伝える」のプロセスを一つひとつしっかり踏む作業こそが「企画」。そこには自分の好みやその場のひらめきは重要ではありません。それよりも、相手のことを考えながら何かをこつこつ準備することが大切です。そんな作業が好きな人こそ企画に向いていると私は思います。
商品の企画に限らず、どんな分野でも企画の力は必要です。たとえば経営やまちづくりなどの分野でも、サービスの充実をはかったり、新しいサービスを生み出したりする際には企画力が求められるでしょう。「知る」「活かす」「伝える」三つのプロセスを理解し、実践できれば、社会のどんな分野でも企画力を発揮することができると思います。
世界的な衣類の廃棄問題に、企画力でアプローチする
「企画プロセス」の理論構築と構造化を目指す
社会課題と向き合うときにも「企画」は重要です。例えば、世界的な衣類の廃棄問題。衣類はファスナーなどの部品や混合素材が使われていることなどから分別とリサイクルは長年の課題となっています。そして廃棄された衣類の多くは焼却や埋め立てとなり環境に負荷をかけています。また、残糸や切れ端など衣類の製造工程に発生する繊維廃材の処分も課題です。そこで私が注目しているのがアップサイクル、つまり廃棄されるものに付加価値をつけて新しい商品に生まれ変わらせることです。今、学生らとともに、企業から繊維廃材を提供いただき、服や小物にアップサイクルする活動を行っています。提供いただくのは、糸、古着や着物の端切れ、漁網などさまざま。私のゼミの学生も参加し、アクセサリーやバッグ、インテリアアイテムなどを商品企画、制作しています。
私が衣類の廃棄問題に注目するのは、私自身がアパレルの世界で商品企画の仕事をしてきたからです。メーカーで商品企画の仕事をしたり、京都の染織業界で、継承が危ぶまれている伝統技術を現代の生活に活かす企画に関わってきました。繊維廃材のアップサイクルという「企画」は、廃棄の削減だけでなく、素材そのものの魅力を再発見することや、技術の素晴らしさを伝えることにもつながります。学生たちには、手にとった人に「素敵だな」「もっと知りたいな」と思ってもらえる商品企画を目指してほしいと思います。また、新しくものをつくる際に、つくった後、使った後のことも考えて「企画」することも、社会課題の解決には必要なことだと考えています。
今後は、企画プロセスの理論化をさらに進め、その企画によってどのようなことを解決するのか、目的に対応した「企画の構造化」を図りたいと考えています。
究め人のサイドストーリー
茶入や茶碗などの茶道具を入れる袋、お仕覆づくりを習い始めて15年になります。一つひとつの道具にぴったり合わせて型紙から作る、いわばオートクチュール。どんな裂を使い、どんな紐を合わせようかと考えるとワクワクします。海外の器にはその国の裂を使うなど道具と裂の産地をそろえたり、古道具なら古い裂を使って時代をそろえたりして、密かなストーリーを作る楽しみもあります。月に一回のお稽古に行って、みなさんといろいろなお話をするのも楽しいですし、できあがったものを眺めるのも幸せのひとときです。古い裂を大切にすることは、昔から受け継がれる日本ならではのSDGsの文化でもありますね。
アップサイクルファッションショーを企画・開催
「企画」を理論的に整理し、自分の中に落とし込む
私のゼミでは、「企画」の各プロセス、たとえばリサーチや分析の具体的な方法も学びます。リサーチの第一歩は現場に行くこと。コロナ禍のため今は難しいのですが、自分で気になる商品などのものづくりの現場に行き、その結果をSWOT分析と呼ばれる手法で分析しています。この手法は、ものごとの強みと弱みを見出したうえで、外部要因にはどのような機会やリスクがあるかも見極めることによって、強みをさらに活かし、弱みを強みに転換する方法を考えるもの。こうしてリサーチと分析を行うことを通して、自分の主観を離れた客観性が生まれ、物事の本質、本当の価値が見えてくるということを実体験として学んでいきます。
3年生は、オープンキャンパス当日にキャンパス内でファッションショーを行いました。廃棄予定だったウエディングドレスをリメイクしたアップサイクルのファッションショーです。ウエディングドレスはビーズなどの装飾が施されていることから、リサイクルのために分別しにくいことが課題です。企業に提供いただいた倉庫に眠るドレスと家庭から廃棄する予定の着物と合わせてリメイクし、学生たちの手でもう一度華やかな「和」ドレスをつくってショーを行う。社会課題に対する一つのアプローチを示すイベント企画です。
ドレスのリメイクにあたっては、一人ひとりの創造性を自由に表現するのではなく、「お客様に喜んでいただくにはどうすれば良いか?」を出発点に、話し合いを重ねていきました。「華やかなドレスの方が喜ばれるよね」「こうすればボリュームが出て見栄えが良いかも」など、目的を共有しながらデザインを進め、ミシンを用いた制作も行い、ショーの構成や当日のタイムスケジュールも学生自身が企画、実施しました。ショーの様子はキャリア形成学科で映像制作を学ぶ呉先生のゼミ生がライブ配信をしてくれました。
印象的だったのは、後日ゼミでショー当日のことを振り返った時「あのドレスが素敵だった」などの意見より、イベントを作り上げるプロセスの中での気づきが多く出たことです。一緒に取り組む仲間の新たな一面を発見したり、自分にできることは何かがはっきり見えたりしたという意見がよく聞かれました。私の研究では、ものづくりやイベントなどの企画と実施は、対外的なアピールだけではなく、組織の活性化や、やりがいの醸成など対内的な効果にもつながることがわかっています。学生たちが活動と振り返りを通して「企画」による効果を実感してもらえたことをとても嬉しく思いました。
大学が企業とコラボしてイベントなどを行うのは決して珍しいことではありません。しかし、一人ひとりが情熱を発揮するだけではなく、一つひとつのプロセスに「目的はなに?」「どうしたら実現できる?」「何が良かった?」などの合意形成を重ねながら、理論的に整理して自分の中に落とし込んでいけるのは「企画」をテーマとする当ゼミならではのことではないかと考えています。
この分野が学べる学部・学科