「阿波踊り体操・マタニティ編」が生まれるまで

出産に耐える体力や筋力をつけるため、妊婦は運動が必要

「トイレの神様」という曲を覚えていますか?「トイレにはきれいな女神様がいて、トイレをきれいにするとべっぴんさんになれる」というおばあちゃんの言葉が印象的な曲です。私は、この歌詞のもとになっているのは日本で古くから言われてきた「妊娠中にトイレ掃除をするときれいな子が生まれる」という言い伝えだと思います。妊娠中も身体をよく動かすことが安産につながるという、経験をもとにした生活の知恵です。

初めての出産では陣痛が始まってから分娩まで平均で12時間もかかり「富士山に登るくらいの体力が必要」だと言われます。分娩時には腹筋、腰筋、背筋も必要です。昔は、大家族が住む広い家をほうきで掃いたり、ぞうきんで拭き掃除したり、洗濯板でごしごし洗濯したりと、家事をしているだけでかなりの運動量があり、自然と体力や筋力が鍛えられていました。今は家事を省力化してくれる家電があり、核家族化で家も狭くなったため、意識して運動をしなければ、出産時に必要な体力や筋力をつけることができなくなっています。ところが、2009年に調査したところ、約半数の妊婦さんが妊娠中に何も運動をしていないことがわかりました。

私自身の経験に加え、助産師としても妊婦さんの身体的・精神的な状況や、すでに子どもがいる家庭の状況も想像できます。妊婦さんが運動できないのは、「安全に、手軽に楽しく、子どもと一緒にできて、しかも効果がある運動」がないからだと考えた私は、2010年、妊婦さんのための新しい運動を制作しました。それが「阿波踊り体操・マタニティ編」です。妊娠の経過が順調な妊婦さんが、約7分間、阿波踊りのリズムに乗って楽しく身体を動かし、そして踊るものです。

一人ひとりの妊娠週数や体力に合わせた運動ができる

妊婦さんの運動に阿波踊りを取り入れたのは、私自身が徳島県の出身で、当時も徳島の大学に在籍していたからです。徳島の人にとって慣れ親しんだリズムで楽しく身体を動かし踊ることで、妊娠・出産に必要な背部・腰部の筋肉を鍛え、体力をつけることを狙いとしました。必要なスペースは畳1畳分のみ。鳴り物のリズムの中に童謡のメロディを組み合わせることによって、お子さんと一緒に踊れるようにも工夫しています。日本臨床スポーツ医学会「妊婦スポーツの安全管理基準」によると、妊娠中の運動は、心拍数が150/分以上にならないことが望ましいとされていますので、学生や阿波踊りを踊り慣れている妊婦さんを対象に、心拍数の計測も行いました。運動中の心拍数の平均値は120~125/分。早歩きくらいの運動強度で、妊婦さんにとっても安全だということが確認されました。

運動の内容は、「ウォーミングアップ~主運動~クーリングダウン」を2回繰り返す構成となっています。「阿波踊り体操・マタニティ編」の主運動は、腰をかがめた低い姿勢で踊る「男踊り」と、手を高く上げて足を跳ね上げる「女踊り」を、それぞれ自由に踊ることです。腰の低さや手の上げ方などを自分で加減しながら、主運動の運動強度を調節できるようになっていて、一人ひとりの妊娠週数や体力に合わせた運動ができることが大きな特徴です。

クリニックに協力してもらい、経過が順調な妊婦さんに実際に踊ってもらいました。妊娠中期から踊っていた妊婦さんの心拍数は、お腹がさらに大きくなって負荷が増える妊娠後期になっても変わりませんでした。つまり体力がついているということです。また、協力してもらった妊婦さんの中で、異常分娩になった例は、1例もありませんでした。体調の改善、体重のコントロール、ストレス解消、産後の回復の早さなどの点でも効果が見られました。「阿波踊り体操・マタニティ編」には一定の効果があると見て良いでしょう。

今はより多くの妊婦さんに「阿波踊り体操・マタニティ編」を実践してもらえるよう、学会の中で助産師さんに踊ってもらったり、webでの配信や、DVDの配布などを通して普及に努めているところです。今後も研究を積み重ね、さらなる科学的根拠が示せるようにしたいと考えています。

助産師の仕事には、言葉にできないほどの達成感がある

経験を積み、力をつけるほどに、
自分の判断でできることが広がっていく

私は助産師として8年間で1000例以上のお産に立ち会いました。出産現場では、産婦さんをはじめ家族、そして医療従事者が赤ちゃんの産声にホッとし、皆が一緒に喜びを味わいます。こんな場に立ち会える仕事は助産師しかなく、生まれ変わっても絶対に助産師の仕事をしたい、それ以外は考えられないと思っています。もちろん、お母さんと赤ちゃんの命を預かる仕事なので大きな責任はあります。また、お産は夜通しとなることもありますが、無事にお産が終わった時は、どんな疲れも、苦労も、すべて吹き飛ぶほどの達成感を得ることができます。

看護師と助産師の一番の違いは、看護師は基本的には医師の指示で動くことが多いのに対し、助産師は正常分娩であれば自分の判断でいろいろなことができる点だと思います。プロとして力をつける面白さ、力をつければ医師に対して対等な立場で、独自の働きができるようになるという面白さがあります。経験を積めば積むほど、やりたいこと、やれることが広がっていくのが自分でも分かり、とてもやりがいがありますし、最終的には開業助産師として独立するなどの道が開かれているという素晴らしさもあります。

究め人のサイドストーリー

年齢と共に、声帯も痩せ衰えることを聞き、健康の維持と人前で1曲は歌えるようになりたいと思って、約1年前からボイストレーニングに通っています。好きな曲を選び、時間をかけて完成させていきます。レッスンの最初15分はストレッチ、次の15分は発声練習なので、歌っている時間は長くないのですが、声を出すだけでも気分がいいですし、いつか人前で歌えるといいなと思っています。今は「手紙~拝啓 十五の君へ~」や「ハナミズキ」を練習しています。中学・高校時代は陸上競技をしていたので体を動かすのも好きです。今も大学ではエレベーターを使わず、5階まで階段で上がるようにしています。また、夫と一緒に朝のテレビ体操も欠かしません。

日本の教育を、理念と制度の面から学ぶ

産婦人科医がいない離島での実習から多くのことを学ぶ

本学では、看護学科を卒業後、助産学専攻科で1年間学ぶと、助産師の国家試験資格を得ることができます。私は、看護師になるための学びとは別に助産学を専門に学ぶことが学生の将来にとって絶対に有益だと考え、本専攻科の立ち上げを要望しました。助産師としての専門知識をしっかり身につけられることはもちろんですが、ゆとりある学生時代にさまざまな経験をすることが、人生の糧になるという強い思いがあるからです。ただ教員から教えられることを学ぶだけではなく、学んだことをきっかけに、いろいろなところへ出掛けて行き、見たり聞いたりすることが大切なのです。専攻科での学びをきっかけに視野を広く持ってほしいので、カリキュラム上でも豊かな経験ができるような工夫をしています。

その一つが、島根県隠岐諸島の西ノ島という小さな島にある病院での離島実習です。この病院には産婦人科がありません。2週間ごとに来島する産科医が妊婦健診を行い、必要に応じて通信技術を利用した遠隔診療も行われますが、基本的には2人の助産師が妊婦さんの状態を管理し、必要な指導を行っています。出産は設備のある他島や本土の病院で行い、1週間後に赤ちゃんと帰ってくるというシステムです。都市部ではあり得ない状況下で、妊婦さんが不安なく出産を迎えられるよう寄り添い、産後のケアも行う助産師の仕事ぶりを間近で見る経験はとても貴重です。また一人暮らしの高齢者が多いため、医療、福祉などさまざまな分野の専門家が連携しながら高齢者の暮らしを支える体制を作っていることも学んでほしいと思っています。人口が少ない離島では、誰がどこに住み、どんな人間関係の中で生活しているかをすべて把握したうえで保健指導をしていますので、そこからも貴重な気づきを得ることができるでしょう。患者さんを本土に移送する様子、ドクターヘリや自衛隊ヘリ、高速救助艇を駆使した救急体制を間近に見ることからも多くのことを学んでほしいと思っています。

助産師として働き始めたら、疲れてしまうこともあると思います。そんな時にこの島へ帰ってきてホッとしてほしい。そんな密かな願いも込めて、この小さく美しい島に学生を送り出しています。

高校生へのメッセージ

手書きメッセージ

「どんな人が看護師に向いていますか」と聞かれることがありますが、看護の仕事が好きで、努力を続けられれば、向き不向きは関係なく願いは叶うと思います。強い願いを持っていれば、必ず協力してくれる人が現れます。「阿波踊り体操・マタニティ編」も多くの人の助けで制作でき、助産学専攻科の設立にも繋げることができました。思いを発信すれば、情報も集まります。既成観念に捉われず、自分の発想で一歩を踏み出してください。

灘 久代教授

助産学専攻科

広島大学大学院博士課程後期課程修了。助産師として大阪医科大学附属病院で勤務後、同大学附属看護専門学校講師を経て滋賀医科大学医療系研究科修士課程修了。島根県立看護短期大学助産学専攻科、徳島文理大学准教授を経て2016年より現職。研究テーマは「熟練助産師の技の伝承と妊婦の運動」。2010年「阿波踊り体操・マタニティ編」を考案、自身のサイトで妊娠中の運動に関するさまざまな情報発信も行う。

この分野が学べる学部・学科

助産学専攻科 [1年課程]

産科医療の高度化・多様化に対応し地域母子保健を支える実践力を身につけ、女性やその家族と喜び・苦悩を分かち合える、おもいやりの心を持った人材を育成します。

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