本来の価値が伝わっていないことが問題

「お墨付き」だからと殺到する人々

「世界遺産」と聞いて、どのようなイメージを持ちますか?世界中の誰もが認める、最上級の観光地と考える人が多いのではないでしょうか。

私は、20年ほど前から世界遺産を訪ねる旅を続けています。現在、世界に1092件ある世界遺産のうち450件を訪れました。確かにどこも素晴らしく、行く価値のある場所だと思います。しかし、今まで見向きもされなかった場所が、世界遺産に登録された途端、その価値も分からないまま人が殺到して、建物や自然を傷めてしまう状況があるのも事実です。世界遺産が単なる観光地としての「お墨つき」と考えられるようになってしまい、本来の価値が伝わっていないことに、危惧を抱いてきました。

世界遺産は、1972年にユネスコの総会で採択された「世界の文化遺産および自然遺産の保護に関する条約(世界遺産条約)」によって定められました。地球上の遺産を国際的な協力の基で保護し、次の世代に伝えるというのが目的であったはずなのに、登録されたことによって逆に保護されなくなっている現実があることも知ってほしいと思います。

世界共通の価値の基準をどう決めるのかという課題もあります。世界遺産の登録は、ユネスコの世界遺産委員会で決定されます。当然のことですが、地球上の、ある地域、ある民族に属する、特定の宗教を信仰する人が集まって決めているのです。たとえば、キリスト教徒は山や木に神が宿るという自然崇拝を本当に理解できるのでしょうか。偶像崇拝が禁じられているイスラム教徒は、仏像やマリア像に価値を見出すことができるのでしょうか。あたかも世界共通の価値の基準があるというような前提で登録が決められているところに矛盾があるということも理解する必要があります。

異文化と接する「道具」として

矛盾も課題も知った上で利用する

世界遺産委員会を持つユネスコは、国連という国際組織の一機関であり、この枠組の中にある制度である以上、政治的側面を持つことは避けられません。ロビー活動によって登録が左右されていることも事実です。

台湾には世界遺産が1件もありません。世界遺産にふさわしい場所がないわけではなく、国連に加盟していないからです。南極は本来なら真っ先に守られるべき場所ですが、特定の国に属していないため、誰も申請ができません。また、京都御所は世界遺産に登録されていません。宮内庁が管轄しており、文化財保護法の対象外だからです。国内法で守られていることが登録の条件なのです。

つまり、世界遺産に登録されていない場所を、世界のお墨付きがもらえなかったと考えるのは、まったくの誤りだということです。そもそもの制度が抱える矛盾をよく理解した上で、世界遺産というものをとらえなければ、大切なことを見落とす可能性があるのです。

それでも私は、世界遺産の制度を今後も存続させるべきだと考えています。世界中の世界遺産を訪れ、その場に立って思うのは、地球はこんなに小さいのに、なんと多様性に満ちているかということです。民族、家の建て方、音楽、祭…互いに影響し合いながら独自に発達した多様な文化があります。そこに上下はありません。ヨーロッパの堅牢な建物、アフリカの簡素な建物、どちらも風土に合った合理性という意味で同等の価値があるということを、現地に行くと強く感じます。私は、それこそが世界遺産の制度の存在意義だと考えています。知らない国に行き、世界遺産を訪れることで、その国の歴史や、日本の文化との共通点、相違点を知り、親しみや敬意を持つ。その上で現地の人と付き合えば、より距離が近くなると思います。地球上に前の世代が残してくれた宝物を、次の世代に繋ぐという崇高な理念を忘れず、異なる文化と接する時の一つの「道具」として、世界遺産を利用すれば良いのではないでしょうか。

究め人のサイドストーリー

70回近く海外旅行をする中ではトラブルもたくさん経験しました。ルーマニアで予定通りに移動ができず、予約したホテルにたどりつけなくて、通りすがりの人に泊まれる場所を聞いたところ、近くの見ず知らずの人の家に泊めてもらえたこともあります。旧東欧諸国はまだまだ日本では情報が少なく、この例に限らず面白い体験ができるので大好きなエリアです。クロアチアもお勧めです。景色は美しい、食べ物は美味しい、ドゥブログニク旧市街やプリトヴィッチェ湖群国立公園など、素晴らしい世界遺産もあります。

ドゥブログニク旧市街の写真です。

世界遺産を切り口に日本地理を学ぶ

日本文化の真髄は「木」である

私が担当する「観光地理」という科目では、世界遺産を切り口に国内外の地理を学ぶ授業をしています。現地で撮った写真で各地の世界遺産を次々と見ていきます。日本の世界遺産を詳細に見ていくと、日本の森の美しさ、木造建築の素晴しさが分かります。日本文化の真髄は「木」であるということも自然に理解できるのです。

私は長年、NHKでテレビ番組の制作に関わってきました。授業でも、次々と切り替わる画像にナレーションを乗せるように話したり、ある日の授業全体がすべてクイズ形式だったりするので、よく「テレビ番組みたい」と言われます。授業をきっかけに世界遺産に興味を持ち、観光業界を志すようになった学生もいます。京都は、観光を学ぶのに最適な地。ゼミでは大学の外にもどんどん出ていこうと思っています。京都光華女子大学は真宗大谷派の大学で、お願いすれば東本願寺の非公開の場所を見せていただく機会もあるので「東本願寺のことなら誰よりも詳しい!」という学生がこれから出てきてほしいと期待しています。

私はもともと旅好き、しかも目的のある旅が好きです。国内では、中学生の頃から全国の郵便局を制覇することを目指してきました。海外の旅の目的として世界遺産を定めたのが20年前。休暇をフルに利用して、450件の世界遺産を訪れました。現地到着後、すぐにレンタカーを借り、周辺の世界遺産を一筆書きで回るローラー作戦が私のスタイル。写真もたくさん撮りますし、パンフレットや地図、絵葉書、入場券などの資料もすべて保管してきました。それが今、大学での研究に役立っています。他にも、自転車、切手収集、高速道路…それぞれ好きで続けてきたことがすべて本になりました。自分では、趣味なのか、仕事なのか、区別がつかないのが正直なところです。

私が長年携わってきたジャーナリストの仕事と現在の研究の仕事は似ていると思います。問題意識をもって自分で取材・調査したことを基に、テレビ番組や新聞記事にするのも、論文に仕上げるのもプロセスは同じです。しかし大学では、研究だけではなく、「教育』を通して学生と触れ合えるというプラスアルファがあります。自分の研究を伝えることによって、人を育てることに役立てるのなら、これほど嬉しいことはありません。

高校生へのメッセージ

大学で「後につながる好きなこと」を見つけてほしい

大学の4年間は、人生の中でかけがえのない自由な時間です。そこで「後の人生につながる好きなこと」を見つけてほしい。勉強じゃなくてもいいんです。私は、大学の自転車部で本格的に自転車に乗り始め、30年後に自転車の専門家として本を書くまでになりました。何でもいいから好きなことを見つける、大学をそんな場所にしてほしいですね。
京都は世界遺産の宝庫ですし、キャンパスを出てちょっとバスに乗れば、直接世界遺産に接することができる恵まれた場所にあります。世界遺産に関心のある学生、世界遺産を深く勉強してみたいという学生、ぜひ一緒に地球の宝物の現在と未来について考えてみましょう。

佐滝 剛弘 教授

キャリア形成学部 キャリア形成学科

1960年愛知県生まれ。東京大学教養学部(人文地理専攻)卒業後、NHK入局。ディレクター、プロデューサーとして「NHKスペシャル」「クローズアップ現代」などの番組制作に携わる。退局後、NPO産業観光学習館専務理事(~現職)、高崎経済大学地域科学研究所特命教授を経て現在に至る。専門は観光政策、世界遺産、文化財、鉄道、高速道路、自転車、絹産業史、産業遺産。『世界遺産の真実-過剰な期待、大いなる誤解』『それでも自転車に乗りますか?』『郵便局を訪ねて1万局』『高速道路ファン手帳』『登録有形文化財』など著書多数。

この研究が学べる学部・学科

キャリア形成学部 キャリア形成学科

幅広い業界の総合職が公務員を目指す

女性の持つ知性や感性を磨き、主体性や実践的な思考力、ビジネス社会で求められるマネジメント力を伸ばし、未来を切り拓く力を養成します。

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